3章-3
「こちらはどちらかな?」
鏡哉はつかまれたままの美冬の腕を見ながら、美冬に尋ねる。
倉木は慌てた様に手を放すと、怪訝そうに鏡哉を見つめる。
「く、倉木先輩です。同じ委員の先輩で――」
美冬が機嫌の悪そうな鏡哉にぼそぼそと口を開く。
「ほう、それはいつも美冬がお世話になって」
「鈴木さん、この人誰?」
倉木は美冬に尋ねる。
「鏡哉さんは私の――」
「保護者だ。悪いけれど、美冬は連れて帰るよ」
鏡哉はそういうと美冬の腕をとって強引に引っ張った。
あっけにとられて立ち尽くした倉木を無視し、鏡哉は美冬を車に乗せ、発車させた。
車内はしんと静まり返っていた。
「……鏡哉さん、今日は仕事早く終わったんですね?」
先に口を開いた美冬に、鏡哉は小さくため息をついて返事をする。
「早く終わらせたんだ。美冬ちゃんのことが心配で」
「え?」
意味が分からないという風に美冬が首を傾げるのが目の端に入る。
先ほど美冬のことをまるで所有権を示すように呼び捨てにしてしまったことを思い出し、鏡哉は心の中で嘆息した。
(あんなガキ相手に、何やっているんだ私は――)
「あの男子生徒とはどういう関係なんだ?」
「え……先ほど説明したとおりですよ?」
「告白されたんじゃないのか?」
「………断りましたよ」
(やっぱされているんじゃないか)
美冬は気まずそうにそう言って俯いた。
美冬の制服の膝の上に置かれた手のひらを取り、鏡哉は運転しながら指先にキスをする。
「ちょ、きっ、鏡哉さん!?」
助手席から美冬が驚嘆の声を上げる。
「小さな手だな」
細くて白い人差し指を口に含むと、舌でペロリと舐めあげる。
「やっ!? 鏡哉さんっ、冗談がすぎ――んっ!!」
丹念に指を舐め、チュッと吸い上げると、美冬はふるりと体を震わせた。
信号で鏡哉が車を止める。
助手席を見ると、美冬が泣きそうな顔でこちらを伺っていた。
「……あいつの手を振り払わなかった、お仕置きだ――」
鏡哉はそう言ってもう一度指先にキスを落とすと、美冬の手のひらを離した。
(ど、どどどどど……どおしちゃったの、鏡哉さんってば!?)
あの後、鏡哉に強引に手を引かれて部屋に連れ帰られ、今、なぜかこんなことになっている。
こんなこと――鏡哉の膝の上に横抱きで座らされているのだ。
「えっと……鏡哉さん?」
「なんだ」
「は、離してもらえませんか?」
「なんで」
「いや、掃除とか洗濯とかしなきゃ」
「そんなの後で一緒にやればいい」
「せ、制服、着替えないと……」
「可愛いから着替えなくていい」
(な、何言ってんだこの人――)
「皺になっちゃ……う!?」
美冬はとっさに変な声を出してしまう。
というのも鏡哉が美冬の膝小僧をさわりと撫でたからだ。
「スカート、短くないか?」
「み、みんなこんなもんです!」
「可愛い膝小僧と太もも、他の男に見せたくない」
そう言って膝から太ももに鏡哉の掌が移動しそうになり、美冬は膝を合わせ、必死に抵抗した。
「だ、誰も見てませんからぁ!」
心臓がバクバクする。
もう何が何だか分からなくなってきて、美冬は必死に鏡哉を睨んだ。
「そんな瞳で見られても、男を煽るだけだぞ」
鏡哉はそう言うと、片手でネクタイを少し緩めた。
その姿が妙に色っぽくて、美冬はかあと頭に血が上ったように感じた。
「煽ってません!!」
「きゃんきゃんよく啼く子犬だ」
鏡哉は嘆息交じりにそう言うと、美冬の顔に自分のそれを寄せる。
鼻と鼻がそっと触れる。
(く、口にキスされる――!?)
美冬はギュッと目を瞑る。
頬にメガネがかしゃりと触れたと思うと、口の端にチュッと吸い付かれた。
鏡哉の顔が離れていくのが目を瞑っていてもわかる。
恐る恐る瞼を開けると、そこにはいつも通りの意地悪な微笑みを湛えた鏡哉がいた。
「なに? 唇のほうがよかった?」
くつりと嗤われた時、美冬の堪忍袋の緒がぶつりと切れた。
「……納豆」
「え?」
「……明日から毎日納豆食べてやる」
鏡哉は納豆が嫌いだ。
目の前で食べられるのも嫌がる。
毎日納豆を食べていたら、鏡哉はきっと顔にはキスできないだろう。
「ふん、いいよ別に。それならそれで―−」
鏡哉は何を思ったのか美冬の膝の後ろに置いていた手を持ち上げると、そっと膝小僧に吸い付いた。
「ひゃっ!?」
「他にもキスするところはいっぱいあるからね」
そう言うと鏡哉は美冬をぎゅっと抱きしめた。
「わ、私の負けです……」
腕の中で美冬が降伏して脱力するのを確認すると、鏡哉は満足そうに微笑んだ。