1章-5
「わあ! 美味しそう! って、い、いいんですか、また頂いちゃって?」
おずおずと上目使いにそう確認してくる美冬にもちろんと頷いて見せる。
「あ、じゃあ、ベッドの中じゃなくてキチンと座ってテーブルで食べてもいいですか? せっかくこんなに綺麗で美味しそうなのに、もったいないです」
「もちろんいいけれど、歩ける?」
「だいぶマシになったので、大丈夫です」
美冬はまだ少しふらついていたが、鏡哉の手を借りて隣のダイニングに移動した。
注意してダイニングテーブルの椅子に座らせると、美冬はぽかんとした表情で瞳を瞬いていた。
「何?」
問いかけた鏡哉を下から見上げてきた美冬は、あわあわと焦ったように口を開く。
「え、えっ! っていうか、なんですか、この部屋! き、綺麗だし高級そうだし、ショールームかホテルの何かですか?」
美冬が驚くのも不思議はない。
鏡哉の部屋は美冬のような一介の女子高生からは、想像もつかないくらいの広さだった。
しかも驚いたことにメゾネットになっており、広いリビングは高い吹き抜けになっている。
「そう?」
鏡哉はなんでもなさそうにそう言うと、二人分の食事をテキパキとテーブルの上に並べた。
「そうですよ! ていうか私、こんな格好で……」
そう言って俯いた美冬の視線の先はくしゃくしゃになった白色のセーラー服の上と、紺色の襞スカートだった。
「ああ、ごめん。さすがに脱がすわけにはいかなくて。食事したらお風呂を使うといいよ。着替えも出しとくから」
鏡哉は気を使ってそういったつもりだったが、『お風呂』という単語を聞いた美冬が、顔を真っ赤にしたのに気付いた。
「お、お風呂なんてお借りできません! あ、あのこれを頂いたらすぐに帰りますから――」
(帰る――? そりゃあそうか。見ず知らずの男の家だものな。しかし何故だろう。彼女に帰って欲しくない――)
「まあ、とにかく食べよう。君貧血なんじゃないか? ホウレンソウとレバーを用意したから、しっかり食べて」
話を食事にすり替えて、鏡哉はテーブルの上の料理を説明しだす。
かなりの食いしん坊らしい美冬はその言葉にぱっと顔を明るくしてフォークをとると、興味深そうにホウレンソウのキシュをつついた。
「ほっぺが落ちそう」と称賛しながら食べてくれる美冬を、鏡哉も食べながら眺めていると、何故だかいつまでも美冬のそんな姿を見ていたいという気持ちが膨らむ。
「ねえ、聞いていい?」
「なんでしょうか?」
「『ひとり』ってどういうこと? 家出か何か?」
「……?」
不思議そうにこちらを見返す美冬に、午前中に倒れる際に「自分は『ひとり』」と言っていたことを説明する。
「ああ、私孤児なんです」
そんなことをさらっと言うと、美冬はカボチャのニョッキを口に含んで幸せそうに笑う。
「え?」
「両親死んじゃったんです、一年前に」
「え……じゃあ今はどこに住んでるの?」
「ええと〇〇に分譲マンションがあるんです。ここに比べたら猫の額みたいに小さなとこですけど、親が唯一残してくれた財産で」
美冬はそう言って部屋をぐるりと見渡し、また「やっぱ凄いなあ」とつぶやく。
「……ということは、そこに一人暮らし?」
最早鏡哉は食事の手を止めて美冬の話に集中していた。
「はい」
「なんでバイトを?」
「親が高校を卒業できるくらいの蓄えを残してくれたんですけど、私、大学に行きたくて――」
「それで、バイトを?」
「はい。昨日は結局休んじゃいましたが、今日も18時からシフト入ってるんです。だから食べ終えたら帰りますね」
何でもない事のように美冬はそう言って食事を続ける。
「バイトって何をやっているの?」
「ええと、18時からのはお弁当屋で、22時からのはレンタルビデオやさんです」
美冬はそういうとちらりと壁にかかった時計を見上げる。
「ちょ、ちょっと待って! 22時からって、いったい何時まで働いてるんだ?」
「えっと……5時までですが。ふ〜〜、お腹いっぱいです。御馳走様でした、新堂さん!」
きちんと手を合わせて合掌した美冬は席を立ちあがろうとして、案の定ふらりと眩暈に襲われて座り込む。
「馬鹿か、君はっ!!」
気が付くと、鏡哉は大声を上げて立ち上がっていた。
いきなり怒鳴られた美冬は訳が分からないといった感じで、鏡哉を見上げる。
「そんなになるまで働いて、寝る暇もなくて――大学に行きたいのに勉強をする暇もないじゃないか!!」