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籠鳥 〜溺愛〜
【女性向け 官能小説】

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1章-4


 我に返って部屋を見渡すが、窓から見える景色からはだいぶ高層のマンションであることくらいしかわからない。

 美冬はベッドから勢いよく飛び出て窓辺に近寄ろうとしたが、床に足をついた途端、ぐらりとその場にしゃがみこんでしまった。

 目が回る。貧血だろうとフカフカの絨毯の床に両手を付いて立ち上がろうとするが、うまくいかない。

「こら、無理をするな」

 頭上からそう言葉が降ってきて、気が付くと暖かい腕に抱きあげられていた。

「まったく――こんなに痩せるまでバイトをさせる親って……」

 少し呆れた様な言葉が頭の上で零される。

(違う――お父さんとお母さんは悪くない――)

 丁寧にベッドに横にされた美冬は、遠のいていく意識の中、つぶやいた。

「……私、『ひとり』だから――」








「……私、『ひとり』だから――」

(ひとり――?)

 かすれていたが美冬は確かにそう言った。

 この年にありがちな家出少女だろうかと鏡哉は内心首を傾げたが、目に入った時計の時間を確認すると、美冬の上掛けを整えて部屋から出て会社へと向かった。

 昨日の接待の代打への礼を秘書を通じて副社長にすると、目の前に積み上げられた未処理書類に目を通していく。

 抜けられなかった商談を円滑に進めると、鏡哉は秘書を呼び止めた。

「悪いが今日はもう帰る」

 秘書は腕時計と手帳に目を通すと、珍しいものを見るような目で顔を上げた。

「今日は特に予定はないので構いませんが……珍しいですね、社長が15時に帰られるなんて」

「ああ、拾った子猫の調子が悪くてな――」

「子猫……ですか?」

 鏡哉の返事にいつも鏡哉に負けず劣らず冷静な秘書が、ぽかんとした顔で聞き返してくる。 

「なんだ?」

「いえ、社長と子猫があまりにも結び付かなくて――、あ、失礼」

 対して失礼とも思っていない笑顔で、秘書が呟く。

「ふん。じゃあな」

「あ、社長」

「なんだ?」

 振り返った鏡哉の鼻先に秘書が紙袋を突き出す。

「これ、今『女性に大人気の』スイーツらしいのです。先ほどお見えになった溝口様から頂まして。宜しければ一つお持ちください」

 『女性に大人気の』というところを強調して手渡してきた秘書は意味ありげに笑う。

「だから『子猫』だと言っている」

「はいはい。もしなんなら明日も午後に出社していただければ、午前休でも大丈夫ですから」 

 そうにっこりほほ笑んだ秘書は、何か言い返そうとした鏡哉に深々とお辞儀をしてお見送りをした。





 車で30分程の自宅に辿り着くと、ゆっくりと厳かに開閉するエレベータにも少々苛立ちながら、高層の部屋へと向かう。

(何を焦っているんだ、私は――)

 丈の長い絨毯敷きの照明が絞られたシックな廊下を足早に歩き、自室のカギをかざす。

 中はしんとしていた。

 鞄をリビングのソファーに放って、美冬を寝かせていた部屋にノックをしてはいる。

 そこに今朝と変わらず眠っている美冬を見つけ、鏡哉はほっと息を付く。

 ベッドサイドのテーブルには、『会社へ行ってくるから、無理をせずに寝ておきなさい』と書置きしておいたメモがそのまま残されている。 

 同じく置いておいたペットボトルのミネラルウォーターにも手を付けられていなかった。

 こんなに死んだように眠る美冬に若干不安になり、額に手を添えるがそこは冷たすぎるくらいで、熱はなかった。

 顔色も悪いままだ。

(もしかして貧血なのか……)

 鏡哉は踵を返すと部屋から出て、電話でマンションのコンシェルジュに鉄剤と貧血に効きそうな食材の買いものを頼んだ。

 いつもなら家政婦が食事のいるときは用意してくれていたのだが、今日は美冬がいるからと断っていたので自分で作るしかないだろう。

 一時間後、食事を作り終えた鏡哉はもしかしたらと思って食事を盆に載せ、美冬の部屋に入った。

 予想通り、美冬はまたくんくんと鼻を鳴らしてうっすら目を開いた。

 その動作が思いのほか可愛く、自然と頬も緩む。

「起きたか? ほんと食いしん坊だな」

 思いがけず楽しそうな声を出してしまった自分に鏡哉は内心驚きながらも、体を起こそうとする美冬に手を貸す。

「あ……私、また寝て……?」

「寝たというよりは倒れたんだ。無理に立ち上がろうとしたから」

 倒れた時の状況を説明していやると、美冬はすまなさそうに眉尻を下げた。

「ご飯、食べられるか?」

 膝掛の上に盆を載せてやると、元気のなかった美冬の表情が生き生きとする。



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