倒木のうつつ-1
『大男総身に知恵が回りかね』という川柳がございます。また、『小男の総身の知恵も知れたもの』という川柳もございます。
身体が大きくも小さくもありませんが、知恵が少々遅れている男が横町に住んでおりました。名を与可郎と申します。
「大家さん、こんちわ」
「ああ、与可郎か。なんの用だい?」
「おとっつぁんが、おおつごもりには店賃(たなちん)を大家さんに払わなけりゃならねえって、困った顔で言ってたけど、おおつごもりってなんだ? 大家さん、知ってるか?」
「それをわざわざ聞きに来たのか?」
「そうだよ」
「おおつもごりくらい、おとっつぁんでも知っているだろうに」
「なんだか忙しそうだったから聞けなかった。で、大家さんなら教えてくれるだろうと思ってやってきた」
「どうせ来るなら店賃を預かってくればよかったのになあ。……まあ、よろしい。教えてあげよう。大晦(おおつごもり)とはな、一年の最後の日、大晦日(おおみそか)のことだ」
「おおみそか……」
「それなら聞いたことがあるだろう? 与可郎、おまえさんも」
「うん。知ってる。ゆんべ、食った」
「食った?」
「おおみそ……大っきい味噌田楽。うまかった〜〜」
こんな具合でして、頭のネジが緩んでおりましたが、年は二十五歳。図体だけは年相応でございました。
そんな与可郎が師走の慌ただしい往来を、一人のんびりと歩いていた時のことでございます。お針(裁縫)の師匠のおゆきさんが向こうからやってまいりました。
このおゆきさん、年は三十路ながら、臭う、いや、匂うようないい女。亭主に死なれて一年以上は経っておりますが、まだ他の男に嫁いでいないというので、町の若い衆から男やもめまで皆が色目をつかっておりました。
そのおゆきさんが急普請の家の前に差し掛かりました。火事をくらって建て直していた大店(おおだな)で、大歳(おおどし:大晦日)までにはせめて棟上げを終えたいと施主の依頼で突貫普請の真っ最中。気が急く大工たちは材木の扱いもついぞんざいになる。立てかけていた太い柱が、ふとしたはずみでユラリ、往来のほうへと傾いた。そこへ歩みかかったおゆきさん。柱の重みをまともに受け、打ち所が悪ければあの世へお逝きになるという切羽詰まったその刹那、そこへ歩みかかったのが頭のネジの緩い男。
与可郎、ツッとおゆきさんに駆け寄ると、ドンと彼女を突き飛ばしたので危うく難を逃れたお針師匠。代わりに柱は与可郎の尻をしたたか打って地面にゴロンと転がった。
柱と並んで地べたに転がり、ぼんやりした顔の与可郎を、往来の皆が賞賛の眼差しで見ました。我が身を代わりにしての人助けだ。だが、与可郎、実は犬の糞を踏んづけ滑ってつんのめり、咄嗟に前に差し出した手がおゆきさんを突き飛ばした格好になったのでございました。けれども、結果的に美貌の後家さんを助けたことに変わりはありません。
「おかげさまで柱の下敷きにならずにすみました。……お尻、大丈夫ですか?」
おゆきさんに覗き込まれ、その別嬪ぶりにポ〜ッとなっていた与可郎でしたが、やがて、顔をしかめて尻をさすり始めました。この与可郎、頭のネジが緩いのですが、神経伝達も緩うございました。尻の痛みがだいぶ遅れて本人の意識に達したようです。
「痛っ。……いてえな。だれだい、あたいのおけつ叩いたのは?」
怒った顔で立ち上がり、あたりをにらむ与可郎を周りの者はキョトンと眺めておりましたが、
「あたしの長屋はそこの辻を曲がったすぐ近くです」おゆきさんは与可郎の手を取り、「お尻に膏薬を貼ってさしあげますので、さあ、一緒に……」
難逃れの恩人を引っ張っていきました。
自分の長屋に与可郎を連れ込みますと、おゆきさんは早速、膏薬を取り出します。お針の仕事というのは手首に負担のかかるもので、根を詰めた日とかには、膏薬を貼っていたようですな。
「さあ、お尻を出してください。手当してさしあげます」
そう言われても与可郎、ぼんやりと部屋を眺め回しています。
「さあ、おまえさん」
「あたい、おまえさんって名前じゃねえぞ。与可郎さんってんだ」
「……与可郎さん。お尻を出さないと手当が出来ません」
おゆきさんの言葉に、与可郎は帯を解いて着物を脱ぎました。そして、ふんどしを締めたまま尻を向ければよかったのですが、この男、ふんどしまでも外してしまいます。その拍子に股間の一物がデロリ……。
「……まあ!」
おゆきさんの目がまん丸になりました。与可郎の一物の大きさに驚いたのです。萎れているのに四寸(約12p)はあります。馬鹿はナニがでかいという噂がありますけれど、それが与可郎にどんぴしゃ当てはまりました。