略取4-4
和食、洋食、中華が入り乱れた料理が大量に並べられている。この量を二人で食べるのだろうか。勧められたが、どれから手をつけていいのか分らない。
ワインはとても美味しい。その旨を伝えると、岩井が銘柄を言った。が、分るはずもない。
「沼田さんから、それは素晴らしいプレゼントをいただきましてな」
「プレゼント、ですか」
「金や物品ではありませんから、心配にはおよびません」
「それは、何でしょう?」
思い切って聞いてみる。
「ワシの夢、とでも申しておきましょう」
「夢、ですか……」
「ともかくワシは沼田さんに足を向けて眠るわけにはいきません」
口角をあげるが目は笑っていない。禍々しいような表情に見えて、背筋がぞわっとする。
「そら、ワインを飲んでください。一般庶民は滅多に口にできない代物ですからのう」
皮肉にすらならない。
そのプレゼントとやで岩井が動いたのだろうか。それが何なのか非常に気になったが、沼田部長に聞いても無駄だろう。
「沼田さんに聞いてもだめですぞ。ワシと沼田さんの秘密ですからのう。まあ、そんなことよりも奥様の話をしなくてはなりませんな」
頭がクラッとした。少し飲んだだけでもう酔いがきた。相変わらず酒には弱い。葉巻の煙に岩井が霞む。心の中を読まれたようで決まりが悪い。
「仕事柄ワシは用心深い人間でしてな。佐伯さんのことを少々調べさせていもらいました」
ずいと岩井の顔が大きくなった。食べるため身を乗り出したのだ。反対側の手に火の付いた葉巻を持ったまま箸を伸ばした。改めて腕の太さに目を見張る。大木のような足に丸太のような腕。どれほど鍛えるとこのような体格になるのだろう。
「こんな立場にいると疑り深くなっていけません。いろいろあってな」
「お察し申し上げます」
「うんうん、分ってもらえますか」
分るような気がする、といった程度だが。
「いっとう初めに田倉さんがワシのところに来ました」
体が硬直した。
「沼田さんも一緒でしたのう。そのときは単なるボンクラだと思っていたのだが。いやいや、ここだけの話ですぞ」
いたずらっぽい目をする。
「だが、田倉さんは見るからに実力がありそうな男だった。実際そのとおりなのだが、歯車が少し狂いましたな。女ごときで僻地へ飛ばされることはなかろうに。誰ぞの奸計にでもはまったのかのう」
岩井は悩ましげに首を振った。ぐらりと体が揺れた。当然、調べているはずだ。田倉が左遷されたのも知っている。個人的に関係した人間の行動を全て把握しているのだろう。不気味さを感じた。
「それにしても田倉さんは男前だ。奥さんがのめり込むのも分らんでもない。佐伯さんにとっては青天の霹靂でしたな」
改めて言われるとショックを感じる。岩井は食べながら煙を吐き、もう一度葉巻を吸ってワインをすすった。
「でも佐伯さんは奥さんを追い出そうとはしなかった」
顔が熱くなる。
「真の悦びを知らぬ妻が陥る、世間では良くある話。女の体を知り尽くした男は女の隙がよく見える」
もうこの話から離れたい。少し息も苦しい。呼吸が浅くなっているのか。岩井の顔が膨らんで見える。口が渇いた。水がないのでワインで湿らせる。
「今はもう田倉さんとは会っていない。ここにおるのでのう」
あの後の奈津子はしおらしいほどであった。でも、どうしてよいのか分らなかった。いなくなって初めて妻のありがたさを感じたことは事実だ。
岩井が電話でお願いしたことがあると言っていたことを思い出す。
「しかし奥さんは男を知った。それも、たくましい男の体をのう」