湖にサイクリング-2
ガサ、サッ
ボスッ!
(やはり、こんな手には引っかからないか)
ダンはテグスで茂みを引いて揺らすが、
飛んで来たのはただの木の棒で、
ナオの持っている、
練習用の先の丸いニードルナイフでは無い。
ダンの持っているハンドガンも、
圧縮ガスで17ミリ径のペイントボールを飛ばす、
農家が牛にマーキングするためのものだ。
ゴーグルにフェイスマスクを着けて、
お互いに持ち玉数を決めての勝負だ。
ナオは猛スピードで木立の裏を駆け抜けて、
間合いを詰めてくる。
「もらった!」
パシパシッ!
ダンは先読みして、
立ち木に撃ち込むが、ナオは飛び出してこない。
フェイントだ。
「チッ!!」
ブレットは藪に吸い込まれる。
ナオは立ち木の、入った側から飛び出し、
倒れ込みざまにナイフを飛ばす!
ダンは体勢を崩しながらも、これを躱す!
「躱すかっ!?」
ダンはブレットを撃ち尽くしたので、
ナオのナイフを避けて茂みに飛び込む!
「待てっ!」
ダンは素早く体勢を整え、
ナオが飛び込んで来るのを待ち受ける。
格闘で返り討ちにする間合いだ。
「なっ!」
茂みに飛び込んで来たのはナオではなく、
膨れたジャケットだった!
躱せないダンは腕を交差して受けるが、
上着一杯に詰まった落ち葉を、
頭から盛大に見舞ってしまう。
ナオを完全にロストだ。
「Surrender.私の勝ち」
いつの間にかナオはダンの背後に回り、
背中を先の丸いナイフでつっつく。
「ノーギミック、ノートラップルールの筈だが?」
「あいこだよ。
ダンだって無駄撃ちさせようとして、
テグス使ったじゃない。
格闘では私に勝ち目無いもん」
「フム」
「忍法空蝉の術と、木の葉隠れのマッシュアップよ。
日本語の先生がマンガ貸してくれたの」
「このガンは初速が遅すぎるんだ。
見越して撃たないと、ナオに逃げられてしまう」
「当たり前よ。実弾と比べないで」
「私もナイフの方が良かったな」
「ダメだよ。
ダンのナイフは、
軍用ピストル並みに威力があるんだもん。
私、怪我しちゃう」
「ううむ…。仕方が無い、ナオの勝ちだよ。
ナオのスピードは大したものだ」
「ヤッタ!これでモールトンは私の物ね!」
「やれやれ、大事にしてくれよ?
美しきステンレスモデルなんだ」
「うん!盗難とメンテには気をつけるよ」
「これでナオに教えるべきことは教えたな。
直ぐに日本行きだろ?」
「うん」
「私も仕事で家を離れる」
「どこ?っても言えないか。
軍属から離れたのに大変だね」
「私にしか出来ない仕事だ、とだけ言っておくよ。
日本に行ってもトレーニングを欠かさずにな。
特にスタミナはこれから伸びるからな」
「うん」
〜☆
「サバゲーだ…」
「賭けでおじいさんを負かしちゃったんですか?
軍隊にいた人を?」
「うん。
あの頃は体重軽くて、キレッキレに動けたから。
友達と鬼ごっこで、もっとタイトな動きをしてたのよ。
ダンに使ったフェイント位じゃ捕まえられなかったよ。
とんぼ返りして逃げるような子たちだもん」
「シノビの…修業…」
マンションに帰ってきました。
ジャムも一緒です。
途中でどっか行っちゃうこともなく、賢い猫です。
「ごはん…あげたい…」
「うーん、それはこの子をウチで飼うってことなのよ。
無責任に餌を与えるのはダメなのよ」
「飼う…」
「そうねぇ。このマンションはペット可だし、
頭の良さそうな猫だけれど…。
ゆえはどう思う?
家のことはゆえが良くやってくれてるから」
「そーですねー。
うちに上がる時には、
お風呂に入ってもらわないとダメですねー。
土の上でゴロゴロしちゃう人たちですからねー。
爪も切らないとダメですねー」
キープクリーンは我が家の掟です。
「やる…やる…」
「ご飯の用意だって、ウンチの片付けだってするのよ。
猫は自分で出来ないんだから」
「ウンチは平気…慣れてるから…」
「そっ、そうね」
「あっ。あと、エッチの時はお外に出てもらいます。
落ち着かないですからね」
「大事なことね。
じゃあ早速、餌とおまるを買ってきますか。
トイレの場所も決めなくちゃね。
あら、なんか楽しいわね」
「そうですね」
「良かったね…ジャム…」
「アォン」
こうして家族が増えました。
わが家に初めて男子が入ります。
おうちに帰って、
ナオさんは、またパソコンで自転車を見ています。
ジャムはスコスコと匂いを嗅いで回ってます。
(あらやだ。
調べ直したら、あの自転車300万するじゃない。
あの子たちには言えないわね)