手を繋いで歩きませんか?-1
『お待たせ』
月が明るくて、夜風が心地好くあたしの頬を撫でる。
あたしの前に現れたあなた。
その姿を見ると、さっきまでの胸の鼓動が変わり、今すぐにでも帰りたくなった。
『ごめんね、待たせちゃったね』
そぅ言って笑いあたしにメットを渡してくるあなた。
痛い。
彼の後ろにまたがり、手を遠慮がちに肩の上に乗せる。
やっぱりあたしには無理。
彼の手があたしの手に触れ、顔を見ずに腰へ回す。
『マジであぶねーって』
そのままバイクをふかして夏の夜を走った。
彼との出逢いは数日前。
彼の隣には、あたしの大好きな親友がいた。
そして、あたしの隣にもある温もり。
だけど、今手にしている温もりはその人とは違った。
なんで、あたしは流されやすいんだろう。
『ねぇ、マジで』
彼があたしに気を使っているのがよく分かる。
『何?』
笑いながら聞くと、彼はやっと安心したように笑顔を見せた。
『マジで可愛い』
照れたようにそう言う彼こそが可愛かった。
深夜のファミレス。
あの娘の家の近く。
この状況を少しでも楽しむ自分がいるんだろうか。
彼と話している時間はとても楽しかった。
マンネリ化したあたし達にはない会話。
褒められるたびに胸が踊るのがよく分かる。
でも、親友の彼氏。
だから、好きにならない。
好きになれない。
実際、こんな事を言い聞かせなくてもあたしは彼の事を好きにならない事は分かっていた。
確かに顔はいい。
だけど、それだけ。
中身も知らない。
だから、好きにならない。
それで理由としては充分だ。
いつの間にか空は明るくなって。
あたしは彼と公園へ向かっていた。
まだ車もそんなに走ってない。
風が少しだけ冷たい。
気持よかった。
『ねぇ、手…』
彼があたしの手をとり、絡ませてきた。
楽しそうに前後に振る。
ふと、今頃あたしと連絡がつかなくてイライラしているであろう1人の男を思い出した。
急に罪悪感が込みあげる。
でも、この手を離すことも出来ないまま。
あたしも笑って手を振り、公園へ向かった。
『あたし…彼氏と喧嘩してんの』
話の流れを変えたのはあたしだった。
『なんで?』
『あの人、あたしの事暇潰しだと思ってんだょ。あたしがあの人を裏切る事ないとか思って、連絡もあっちが暇な時しかないし、あたしが連絡してもシカトだし』
今まで詰まっていた物が全部出てしまったと思った。
隣の君がゆっくり口を開いた。
あたしの肩に手を置き、もう片方の手であたしの顔をそっちへ向かせアゴを上げて
キスをした。
『別れてよ。俺も別れる。ずっと待ってるから、一緒にいてよ』
あれから、数ヵ月。
あたしの手にはあの日とは違う手。
慣れた手であたしの手で遊ぶ。
あの彼はまだ親友の手を握っているだろう。
お互い、自分に必要なものを見付けたのかもしれない。
だから今日も彼に言ってみる。
『手を繋いで歩きませんか?』