あの空遥かに-3
他に見るものも無いし、見たいものも無い。
窓の外で、近所の家の建て替え工事の音がしている。ガタガタとか、ゴウゴウとか、煩いったらない。
車のクラクションの音がして、隣のアパートから男と女の話し声がして、左隣の部屋からは洗濯機を回している音がして、それから風の音に混じって聞こえる小さな鳥の声に僕の心に空いた空洞がキリキリと傷む。
頭の上の窓の外には曇り空が一杯に広がり、高くそびえる松の葉に雨の粒が跳ねていた。
目を瞑ると、ゆらゆらと世界が揺れた。
昨日あった一幕が、僕の頭の裏側に映画のように甦ってくる。
閉じた目尻から、涙が一筋こぼれ落ちた。
小鳥の声が、小さく小さくなっていった。
山本の姿がシャボン玉のように、頭に浮かんでは消えていく。
僕は勝手に期待して、勝手に裏切られた。
誰を恨めばいい?
どっちを恨めばいい?
僕は自分の骨ばった手のひらを顔に押し当てる。
涙は夕べから一滴も出てこない。何故出てこないのかも分からない。
彼女を好きだった。
先生、あんたのことも尊敬してた。
二人を見たとき僕の頭も心も背中も凍りついてしまった。
ふと聞こえてきた携帯電話の、流行りの曲の着メロに僕の心はささくれ立つ。
誰の声も聞きたくなかった。抹消したかった。
小鳥の声は消え入りそうになっていた。
僕は鳴り止まない携帯電話を取って、ディスプレイに表示される人の名前を確認した。
隼人だった。
今日、1日を何の連絡もなく休んだから、心配しているのだろうか。
隼人は優しいやつだと、知っている。
でも今はただ邪魔なばかりだ。
ふと何かの糸が切れた。
僕はその携帯を握り締めると放り投げた。
山積みになった本の中に大きな音を立てて消え、しばらくすると前触れもなく着信音は切れた。
暗い天井を見ていた。
じわりじわりと視界が滲んで、不気味な木目も見えなくなった。
僕は溜まらず声を上げ、体を丸めて泣いた。
何が悲しくて、何が正しくて、誰が憎いのかも分からないままに、声が枯れても泣いた。
自分の声がやけに煩わしく聞こえた。
他の音は皆、聞こえなくなった。工事現場の音も、飛行機も、話し声も洗濯機も。
僕の世界は、僕だけになった。
了