最終話 空戦-3
「清水、西川の様子はどうだ?」
しばらくして、森口に西川の状況を問われ、清水は急いで電信席の背を倒して西川のそばに寄った。
普段の電信席は後ろ向きなのだが一応、席の向きを変えることができるようになっていたので、清水は素早く西川に寄ることができた。
「上飛曹、西川上飛曹!」
軽く揺すってみたが、西川は目を開いたまま人形のように動かない。清水は手袋を外して、西川の首に手をやった。人のものとは思えないほど、西川の身体は冷たかった。そして、首には大きなガラス片が食い込んでいた。これが西川の生命を一瞬で奪い去ったのだ。
「西川上飛曹!」
死んでいるとはわかっていても清水は西川をもう一度揺さぶった。苦手と言いながらもきちんと縫い直していた右手袋の人差指部分が大きく破けていた。
「うあぁ……」
清水の目からボロボロと涙がこぼれた。情けない声が口から洩れる。一方の森口は、長年連れ添っていた戦友の死にすら、気を配っている余裕もなかった。彼自身もまた死の瀬戸際にいたからだ。
「泣くな清水! 気がめいるだろ!」
ほとんど八つ当たりに近い口調で森口は言った。どうにかなりそうな胸部の激痛を抑え込むには他に気を反らすしかなかった。心の中で清水に謝罪しつつ、森口はそのままの口調で指示を出した。
「さっさと基地へ状況を打電しろ!」
「は、はい!」
清水はごしごしと涙を袖で拭い、西川の目を閉じさせてから席を戻し、無電で基地へ状況を打電した。終了の旨を森口に伝えようと、伝声管を片手に振り向いたとき、清水は森口の背中が赤黒くなっている事にやっと気が付いた。
「少尉! ふ、負傷なさって……!」
「おー。やっと気づいたか。肺をやられてなぁ、息がしにくくてな」
森口は先ほどの強い口調とは打って変わって軽口を言い、ニヤリと笑って振り向いたが、口元は吐血で真っ赤になっていた。
「まぁ、座ってろ。もう基地が……がふっ!」
もう基地が見えている。森小口は何の気なしにそう言おうとしたが、途中で吐血に邪魔をされて言葉が続かなかった。
『操縦士および偵察員負傷。衛生兵待機されたし』
清水は震える手で基地へ打電した。さっきまでの通信では暗号を使っていたのだが、今回は平電(暗号を使わないそのままの電文)で打った。いや、打ってしまったと言った方がよい。今にも席を離れて森口に駆け寄りたい気持ちをグッと押さえて、清水は席の下に配置されている救急箱を取り出して抱きしめ、機体が無事に着陸することを願った。