第七話 大艦隊-2
「それにしても、本当に最近は酷いですね」
清水が、飛び立ったばかりのニコルス基地を見ながら不安そうに言った。
基地は連日の空襲で機能をすでに消失しており、小さな指揮所兼無線連絡所が建てられているだけで、機体はシートを掛けて野ざらし、兵士は付近の洞窟や防空壕で、シラミと生活を共にしなくてはならなかった。
「中佐もバンバンへ行っちまったしなぁ。俺たちはまだか」
西川も不安を隠せない様子だった。
第一四一航空隊の司令官の中村中佐は、大半の兵士と共にさらに島奥地のバンバン基地に移ってしまっていた。三人含めたごく一部の兵士はニコルス基地へ残されて、完全に基地が使用不能になるまで偵察を行い続けることが指示された。
「まぁ、そのうち下がるようにと、命令が来るさ」
森口は不安がる二人の部下を慰めるように言った。しかし、そう言いながらも森口も僅かに不安を感じていた。どうせ後退するなら一挙に後退すればよいのではないのか? もしや、上層部は俺らを死ぬまで敵を欺く囮に使おうというわけではないのか、と。
「取りあえず、今は集中しろ」
森口はさらに二人に言葉を掛けたが、自分自身にもそれは言い聞かせていた。頭を振って森口は先ほどの憶測を片隅に追いやり、操縦と前方偵察に集中した。
「今日は低い雲が多いですね」
高度四千メートル。独特のうねりを形成している薄い層積雲を見下ろして、清水が言った。
「そうだな。気ぃ抜くなよ」
同じように雲を見下ろしている西川が応えた。清水は短くはい、と返して目に力を込めた。
雲はこちら側の位置を隠してくれるが、それは敵にも同じことが言えるので、曇りは特に注意すべき天候だ。敵艦隊はよく雲に隠れて移動するので、それが狙い目でもあったが。
「降りてみるか」
森口はそう告げると操縦桿を奥に倒して機体の高度を下げ、雲の下に出た。
「どうだ?」
森口はあたりを見回して敵がいないか探したが、そうそう都合よく敵にぶち当たるわけではない。雲の下は太陽の光がある程度遮られており、いつもより少し薄暗い。偵察の目をくらますには絶好だ。
「さすがにすぐには見つかりませんね。もう一回上に上がりましょう」
「おう」
西川の提案に森口は短く答えて再び高度を上げて、雲の上に出ようとした。
「うん……?」
雲を抜ける直前、清水は左手に黒点が数粒浮いているような気がして、注意深く双眼鏡を取り出して観察した。
見間違いかもしれないが、もしそうでなかったら大事だ。伝声管を取り出して前に座っている二人の上官に意見を伝える。
「右、四時方向に何か見えた気がします」
二人はピクッと反応して、右後ろに目を見やる。森口は上げかけていた高度を下げて、雲の下を航行するようにした。
「西川、見えるか?」
「待ってください。……確かに、何か浮いているように見えます」
西川は懐から双眼鏡を取り出して四時方向を見て、ガッツポーズで結果を答えた。
「艦隊です。艦隊がいます! でかしたぜ、清水」
後ろを振り向いて右手の親指を突き立てる西川に、清水ははにかんで頭を軽く下げた。
「もっと、近づくぞ」
彩雲は高度を一旦上げて、雲の上に飛び出し、それから敵艦隊の真上付近で降下し、雲にまぎれながら写真撮影に臨んだ。