マスター-2
「せいっ!」
星司は『やれやれ』と言った表情を浮かべながら、それを軽くかわした。
「あれ?」
軽く出したと言っても普通の者にかわせる蹴りではない。当たったはずの蹴りがかすりもしなかった宮本は、さっきよりも気合を込めて、もう一度足を繰り出した。
「うりゃっ!」
しかし、それもアッサリとかわされて体勢を崩してつんのめってしまった。
「おいおい、どうした?遊ばれてるぞ」
仲間の1人が、茶化すように言った。
「くそ!」
若い血はそれだけで直ぐにたぎってしまう。体勢を整えた宮本は一切の手加減もせずに、鋭い蹴りを星司の顔面目がけて放った。
(当たった!)と思った蹴りが空を切った。しかし、宮本も全国大会に出るレベル、それをも予想して連続的に攻撃を出し続けたが、星司はそれらの悉くをかわした。
駆け引きの無い渾身の攻撃を続ける内に、宮本の息が上がってきたが、星司は涼しい顔だ。攻撃の合間を突いて、星司は宮本の腕を取り、舞を舞うように体を捻って関節技を決めた。
「うううっ…」
雄一と同等の強さを自覚していたのに、相手に触れる事さえできなかった。宮本は苦痛に歪ませながら、信じられない気持で一杯だった。
「うそだろ…」
仲間の一人が言った言葉だが、同じ言葉を雄一も呟いていた。
最近は本気で向かっていく事も無くなっていたが、昔の自分でも、もう少し渡り合えていた。
「今まで手加減されてたのか…」
過去の自分が子供扱いされていたと知り、雄一はムッとしたが、それだけで激昂する程幼くはなかった。しかし、このまま黙っていられる程大人でもない。
そんな雄一の心の動きを読んだ星司は、心の中でため息をついた。
(やれやれ…)
しかし、星司も若かった。体を動かし血が騒ぎ始めた星司も、心のどこかでそれを楽しんでいた。
「アニキ、次はオレだ!」
「バカ、雄一やめなさい!」
言葉と同時に飛び出した鋭い蹴りは、姉の制止でも止まらない。星司は掴んでいた宮本の腕を放して、雄一の攻撃を反らすと、その勢いのまま体を回転させて雄一の後ろに回った。雄一が気付いた時には、星司に首を決められていた。
呆気に取られる雄一と仲間達。
「くくっ…、お、お前ら、黙って見てないで、この隙にアニキを攻めろ」
姉のシラ〜とした視線を感じ、収まりの付かなくなった雄一は、恥を捨てた。
「えっ?おっ、おう!」
雄一の言葉に残った3人が、一斉に動いたが、星司には全く通用しなかった。雄一を突飛ばした星司は、3人の攻撃を悉く退けてしまった。
信じられない事に、後ろからの攻撃も全く通用しなかった。
しはらくすると、その場には、ハアハアと荒い呼吸を繰り返す5人の高校生が、横たわっていた。
「チクショー、当たらね〜」
雄一が大の字に寝転びながら悔しがった。
その様子を見ていた陽子が、呆れ顔で大人げない弟を責めた。
「バカ、今から試合なのに、自信を無くさせてどうすんのよ」
「いやいや、いい加減にやってたら、こちらが大怪我していたはずだ。彼らは強いよ」
そう言った割には、星司の顔は涼しげだった。
「お姉さんの彼氏は、化け物か…」
宮本の言葉を受けて、執拗に後ろから攻め続けた者が言った。
「と言うよりも、ジェダイのマスターみたいだ…」
攻撃を紙一重でかわし続ける星司が、スターウォーズに出てくるジェダイの騎士と重なったのだ。
以降、彼らの中では星司の事を『マスター星司』若しくは『マスター』と呼び、崇拝するようになったのだった。
試合前の星司との対決がウォーミングアップになったのか、すっかり力の抜けた雄一達は、大会で好成績を残した。