第六話 侵攻の足音と休息の時間-1
「よーし。出るぞ」
操縦士の少尉の合図で、機体にエンジンが掛かり、プロペラが勢いよく回り出す。周りで直前まで作業をしていた整備兵たちが敬礼をしてから退避する。
グウゥゥゥゥゥン……。
穴だらけの飛行場を背に、彩雲は大空へ舞い上がっていった。
「うちの基地もそうですが、レイテはもっと酷いですね」
高度六千メートル。レイテ島の上空に差し掛かって、地上を見下ろした西川上飛曹が口を開いた。
彼らの眼下に広がるレイテ島では、友軍と米軍の間で凄まじい死闘が展開されている。先日の空襲が”まだマシ”と思えるような光景が目に飛び込んでくる。
「友軍はだんだん押されてますね……。……すいません!」
清水一飛曹も同じように見下ろし、惨状を目に入れてから、正直な感想を言った。しかし、発言が不適当なものだと思い至り、急いで謝罪の言葉を口にした。
「気にすんな。事実だ」
森口はニコリともせずに言った。
正直な感想を述べるときには、時として場合を選ばなければならないときがある。清水にとってそれはつい数秒前の事であった。中には事実を事実として受け入れない、または受け入れられない型の人物もいるもので、特に否定的な意見などはそれが事実であったとしても認められない先例が多々あった。清水がこのような経験をしなくて済んだのも、上官の森口が先述のような型の人物ではなかったことによる。
「なんにしても、次は俺らの番ですよ。それか、硫黄島あたりがやられそうですね」
西川が素っ気なく予想を言った。数日前からレイテ島を囲む米艦隊の数は減りつつあり、反比例するかのように、ルソン島の各基地に対する空襲が激しくなっていた。情報では硫黄島も空襲があったと聞いていた。
「だろうな。認めたくないがな」
こちらにも森口はニコリともしないで返した。
現状が自陣営に不利という事実は必ず受け入れなければならないのだが、人というのは嫌な現実からは目を背けたがるものである。”きっと持ち直す””まだ、負けてはいない”というような楽観的な思考は必要な時もあるだろうが、今はそのような考えは捨てるべきであった。
「そろそろ、帰るぞ」
偵察を終えた彩雲は穴だらけの巣へと機首を向けた。