第六話 侵攻の足音と休息の時間-4
「俺のはなんで掛からんのだ?」
小首を傾げる西川の両脇では、森口と清水がそれぞれ幾匹目の魚を釣り上げていた。魚はもうかなりの数に上っていた。しかし、かれこれ二時間も糸を垂れているが、西川の竿には一向に魚が掛からない。西川にとって、魚の数などもうどうでもよい。一匹だけでも自分も釣りたかった。
「お前は何か恨まれてるんだろ。お、来た来た!」
軽口を言いながら、森口はまた魚を釣った。
「ま、まぁ。こんなにありますから、上飛曹の分はちゃんと回ってきますよ」
清水は、籠いっぱいの魚を指差して微笑んだ。その時、プツンと西川の頭の中で糸が小さな音を立てて切れた。
「そういうことを言ってんじゃないんだよっ!」
西川は悔し紛れに清水の頭に骸骨固めを食らわした。
「あいででででで! すいません! すいません!」
清水は西川の締め上げる腕を叩き、参った参ったと喚いた。
「上官の気持ちを汲み取れんとは、駄目な部下だな! おらおら、反省せいや!」
「おい。引いてるぞ、お前の竿」
隣で森口のボソッと言った声が聞こえて、西川は自分の持っている竿を急いで引いた。
「おお! やったぜ!」
釣れたのは、小さな赤い魚であった。それでも西川は童心に返ったように喜んだ。その隣では、やっと痛みからやっと解放された清水が、ジト目で不満を小さな声に乗せて漏らした。
「痛かった。釣れたのなんか、偶然じゃないですか」
その声が聞こえたのか、聞こえなかったのかは清水は判断できなかったが、数十秒後、なぜか清水はもう一度骸骨固めを食らい、不幸にも呻き声を上げる羽目になった。
「かー! 嬉しいぜ!」
「痛い! 痛いですよっ! 上飛曹、止めてください!」
「西川、清水、いつまでも馬鹿やってないでそろそろ帰るぞー」
森口はそう言って自らの釣り具を片付け、残っていたエサのゴカイを掴んで海に投げ捨てた。二人もそれぞれの釣り具を片付けて、清水は魚の入った籠を背負った。中ではまだ息のある奴がピチピチと跳ねている。
「おー、頑張るねぇ。活きがいいのは大好きだぜ」
西川はそのうちの一匹をツンツンつついた。最後の最後で釣れたことがよほど嬉しいらしい。
「今夜は宴会だぞー」
森口は伸びをしながら言い、基地の方へ足を向けた。その後ろを西川と清水がじゃれ合いながら彼に続いた。
この日の夕食は盛大な魚料理が振る舞われたことは想像に容易い。普段は主計兵に厳重に管理されている酒も特別に放出されて、基地に詰めている兵士の顔は皆、明るくなった。
厳しい戦場の真っ只中での小さな安息の時間を、偵察機乗りの三人は知らずの間に作り上げていた。