迎春。-1
頌英(しょうえい)大学。
偏差値75以上、学生のほとんどが1キロほど離れた所にある付属小・中・高で英才教育を受けた内部生が通う、超エリート大学だ。
四月も過ぎ入学や進級の慌ただしさが落ち着いてきた頃、あるニュースが学内に飛び込んできた。
あの『定岡雪二』が海外留学から戻ってくる、と。
女子を中心にその話題は以上なまでに盛り上がった。それは、ここ経営学科第二研究室でも同じで…。
「きゃー、あの雪二先輩に生で会えるなんて、夢みたいっ!」
「…もう、いい加減にしたら?朝から口を開けばそればっかりじゃない」
やれやれ、とため息をつきながら、岸田優梨はハイテンションで騒ぐ親友、西沢風子を冷ややかに見ていた。
「なによー、そんな風に言う事ないじゃない。…てか優梨。あんたの反応がおかしいの」
びしっ、と指をさされその勢いにのけぞる優梨。
「…あ、危ないなぁ。目に入るとこだったじゃない」
「あーのーね。眉目秀麗文武両道、歩く貴公子と言われた雪二先輩が、三年の欧米留学から帰ってくんだよ?どうしてそんなに冷静なワケ?」
「歩く貴公子って…」
よくもまぁ、恥ずかしげもなく大きい声で。
優梨は少し口を開けて、呆然と風子を見つめた。
「だってそうでしょ。うちらは中等部にいて直接見る事はほとんどなかったけど、噂やら闇取引やらすごかったじゃない」
「まぁ…ね」
優梨はその光景を思い出して、少しげっそりしながら頷いた。
優梨と風子は、共に中二からの中途編入組だった。同じクラスになった二人は編入生同士という事で仲良くなり、それ以来大学二年に至る今まで付き合いは続いている。
二人が入学した時、雪二は高三。同じ敷地内に小中高の三つの建物が立ち並んでいた為、学部は違ったが数々の噂や写真、遂には洋服なんていうアヤシゲなものまで出回っていた。
その一つ一つがまるで絵画か骨董品の様に扱われ、群がる生徒たちはみなギラギラと輝いていた。
「…うちらが経験したのは一年間だけだったけどさ、あれはもう…やばかったよね」
「だねぇ。週に一度はどっかで修羅場が繰り広げられてて。ばったり出くわしちゃったり…ふーこが巻き込まれた事もあったよね」
「…思い出したくもない」
心底嫌そうな顔をする風子。
その様子を見て、優梨が溢れ出る笑いを必死に噛み殺していると。
気分を悪くした風子が、にやりと黒い笑みを浮かべて顔を寄せてきた。
「…ま、あたしの事はどーでもいいんだけど。問題はあんたよ、優梨」
「あたし?なんで?」
風子の言葉に首を傾げる優梨。
「優梨も今でこそそんな風に冷めた感じだけど、入学したての頃はみんなと一緒に盛り上がってたじゃない」
「…そうだっけ」
「そうだよ。なのに、いつの間に」
「…そんな事ないって」
優梨はにっこり笑うと、手元にあった冷めかけのコーヒーをゆっくりと飲んだ。
「ただなんとなくだよ。ある日突然、我に返っただけ。自分なにやってんだろう、って」
「…ホントに?」
「ホントに」
疑いの目を向ける風子に優梨はきっぱりと言い放つ。その様子を見ると、風子は困った様に苦笑した。
「あーあ。いつになったら話してくれんのかねぇ」
「だからっ。あたしは」
「わかってるって。そんな怒んないでよ」
何回も聞いたからそのぐらいわかってる、と小さく呟くと、風子は不思議な笑みを浮かべた。
「でもね、自分では気付いてないかもしれないけど、優梨って嘘つく時の癖があるんだよ」
「…癖」
「そう。栗沢教授に言い訳する時もよーくんのパソ壊した時も、いっつも同じ笑顔。綺麗すぎて文句も言えなかったよ」
アハハ、と小さく笑う風子。優梨はカップの中に目を落とした。