迎春。-5
悩みの無限ループに陥りそうになる優梨。その肩が、とん、と叩かれた。
「……先生!なんでここに」
「なんでじゃないって。二人こそ何やってるのさ」
陽介が再びコンビニ袋を持って、優梨たちの後ろに立っていた。
「菱川さん、お久しぶりです」
「おぉ。ゆっきーオヒサ」
そのあだ名に眉をひそめながらも、優梨は今の状況を陽介に説明する。
「成程ねぇ…。策はないって訳だ」
「えぇ」
「ふーちゃんは用事がある、って言って先に帰っちゃったしねぇ。中からどうにかして貰う事も出来ない、と……」
悩む人数が増えただけで、事態は変わらない。人だかりが増えている分、逆に悪くなっていると言える。
「……わかった、もうこれしかないっ!」
数秒の沈黙の後、陽介がいらいらと髪を掻きむしりながら叫んだ。
「ちょ、先生声が響き…」
「悩んでても埒が明かない。だろ?ならもう諦めよう」
「あ、諦めるって」
嫌な予感がする。
「…ゆっきー、国体優勝と準優勝の実績を持つ僕たちなら大丈夫。さぁ行こう!」
陽介は訳のわからない事を言うと、雪二の腕を掴み猛然と女子の集団に向かって走り出した。
「うぉーーーーーっ!!」
…しかも雄叫び付きで。
その声に気付いた彼女たちが、一斉にこちらに振り向いた。陽介の姿に一瞬あとずさるが、すぐに後ろから付いてくる雪二に気付く。
「きゃーーーーっ!!!」
あまりの迫力に陽介の速度か落ちる。しかしここで引き返す訳にもいかない陽介は、更にスピードを上げた。
「あっ、せんせ!……ああ、あ……あーあ」
案の定、二人は狂喜乱舞するファン集団に飲み込まれ、もみくちゃにされてしまった。
優梨も慌てて走り二人に近づこうとするが、四、五十人はいるかと思われる女子生徒たちの厚い壁に阻まれ輪の中に入る事も出来ない。
「ちょっと邪魔よ、あんた」
「後から来ておいて横入りしないで!」
揚句の果てには、罵られたり足を踏まれたり。
最初は穏便に謝っていた優梨も、だんだん頭に血が上ってきた。
なぜ自分が陽介の尻拭いみたいな事をしなきゃいけないのか。陽介が飛び出さなければ、もっと違う方法があったかもしれないのに。
「いたっ……」
優梨の脇腹に肘が命中する。優梨の中の何かが、切れた。
「ちょっと………もういい加減にして下さいっ!」
突然聞こえた怒鳴り声に、一瞬の静寂が訪れた。だが、すぐにあちこちから不満の声が上がる。
「何、いきなりぃ。うるさいんですけどぉ」
「えー、ヒステリーじゃん」
神経を逆撫でするセリフを完全無視して、優梨は輪の中心に向かった。
陽介と雪二の二人が床にへたり込んでいた。服がぐしゃぐしゃになっている陽介に比べて、雪二の方は多少の乱れはあるもののほぼ変わりない。
優梨は二人を背にすると、こちらを見つめる女子生徒たちを睨みつけた。
「…いい加減お引き取り戴けないでしょうか。こちらにも仕事があるので」
沸き上がるブーイング。
「皆さんが勝手に盛り上がるのは構いません。でも、そのせいで講義の妨害をされるのは、一生徒として、また菱川先生の手伝いをするものとして本当に迷惑なんです。ですから、帰って下さい」
なるべく冷静に深々と頭を下げる。
しばらく待っても止まないひそひそ話に、優梨の口調が激しくなる。