迎春。-2
「…だからさー、雪二先輩の事聞くと毎回優梨はその笑顔なわけ。心配なんだよ?一応親友を名乗らせて貰ってるし」
「…………」
「ねぇ、雪二先輩の事で何かあったの?」
「…………」
風子はすっかり黙り込んでしまった優梨を見ると、自らも一口マグカップの中身を飲んだ。
「……感動的な友情を繰り広げてるとこに悪いんだけど。もうそろそろ入ってもいいかな」
「「………!!」」
その声に思わず二人が振り返ると。
「よーくんっ!」
「…先生、いつからそこに居たんですか」
入り口に寄り掛かってこちらを見つめるこの研究室の主(あるじ)、菱川陽介がそこにいた。
「うーん?結構前からかなー?」
抱きついてきた風子の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、陽介は右手に持っていたスーパーの袋を机の上に乗せた。
「…先生、またタラコスパゲッティですか?いつかタラコになりますよ」
「優梨ちゃんは冷たいなぁ…。昔は『おにぃ大好きーっ』、ってそれはもう可愛くて可愛くて…」
「だぁーっ、先生!」
珍しく取り乱した優梨に、追い撃ちをかけるように風子が目を輝かせた。
「優梨の可愛い頃の話、聞きたーいっ」
「おぉ。聞いてくれんのか、ふーちゃん。あのなぁ…」
「この……バカップル!」
力一杯叫ぶが。
「…聞いてないし」
優梨は、二人の世界にどっぷりつかる親友と叔父にがっくりうなだれるのだった。
菱川陽介、32才――優梨たちが在籍する経済学部経営学科の助教授である。アメリカの姉妹校で五年学んだ後、母校に戻ってきた。今は入院中の教授の代理も務めている。
陽介は優梨にとって母方の叔父にあたり、小さい頃は優梨もかなり懐いていた。
しかしそれはそれ。優梨も今年二十歳になるし、自分の担当教官であるのだから先生と生徒としてきちんと接したいのだ。なのに、陽介の方は未だに優梨を幼い子供みたいに扱ってくる。
いや、それだけなら優梨もしょうがないと諦める事が出来ただろう。最後に会ったのは中一の入学式だし、年の離れた可愛い姪っ子と思ってくれるのは恥ずかしいが嫌なものではない。
それなのに、だ。いつの間に同い年で、しかも友達の風子と恋人同士になってしまったのだろうか。陽介も風子もそんな素振りは一つも見せなかったのに。
仲良くコーヒーを入れている二人の後ろ姿を見ながら、優梨は憮然とした気持ちになっていた。
「…そういえば先生。朝から学長に呼ばれてましたけど、何の話だったんですか?」
「あー、ふーちゃんと付き合ってる事がバレてね」
「えぇ゛!?」
「…っていうのは嘘だけど」
まぁ薄々勘付いてんじゃない、と平然という陽介に目を剥く二人。
「君たちがさっきから噂している定岡君の受け入れを頼まれた。僕の研究室に助手として入ってくるからよろしくね」
「 「はぁ!?」 」
優梨と風子は、陽介の顔をまじまじと見つめた。
そんな二人を不思議そうに見る陽介。
「なんでそんなに驚いてんの。雪二君が経営にくるだろう事はわかってただろ?」
雪二は留学するまでの二年間、つまり大学二年までこの大学で経営学を学んでいたのだ。当然、その事は予想されたのだが。