Limelight-1
ドーム球場の照明が、額の汗に反射して輝く。
グラウンドで1番高い場所で、俺は帽子を脱いで流れる雫をアンダーシャツの袖で拭った。
10月の夜だというのに、ドーム内は適温が保たれている。‥‥もっとも、それは観客にとっての適温であり、120球近い球数を放り、ドーム中の照明のど真ん中にいる俺にとってはユニフォームを着たままサウナの中にいるようなものだ。
‥‥それは無いか。
後攻の相手打線のスコアボードに、俺が並べたゼロは8つ。あと少しで、9つ目が入りそうだという、まさにその場面、なのだが。
軸足をプレートに掛けると、左利きの俺の後ろ、本塁を狙う走者の姿は見えなくなる。
2アウト2、3塁。点差は1。打者は4番。俺、絶体絶命。
いったんプレートを外し、3塁側ベンチを見やるが、動きは無い。消化試合だと思って、この試合は俺一人に任せるつもりなのだろう。サングラスをかけた、まだ若い監督(あくまでも他球団と比べて)は悠然と立ったまま腕を組み、体を揺らしている。
再び左足を戻し、俺はホームベースの後ろに座るキャッチャーのサインを伺う。
盗まれないように暗号化されたサインに頷くと、セットポジションを胸の前で止め、左打席にドンと立つ打者を睨む。そうでもしなければ、今期の本塁打、打点の両ランキングでトップの球界の主砲の存在感に飲まれてしまいかねなかった。数多の修羅場をくぐったベテランの、切れ長の双眸から放たれる眼光は、ファンに向けられる優しいそれとはわけが違う。
ややオープン気味のスタンスの割に広角に打てる柔軟性、日本人離れしたスイングスピード。これ見よがしに半袖のアンダーシャツから覗かせる二の腕の筋肉はプロの格闘家並みだ。ここまで抑えてきた自分を褒めたくなる。
その強打者が、俺に肉食獣のような視線を向けたまま、すっと左手を主審に向けて上げ、打席を外す。間合いを嫌ったのか、俺のペースを乱すためか、どちらにしても俺には少々嫌なタイミングで間を取られた。
俺は、ふっと息を吐き、プレートを外して左手にロージンをなじませる。
『マウンド上、3年目の左腕鳴瀬(なるせ)、最終回の窮地に萎縮しているように見えます』
そんな実況が聞こえそうだ。その通りだよ、畜生。
自嘲気味な笑みを浮かべ、俺はライト後方の外野スタンドに目を移した。ビジターのゲームだというのにたくさんのファンが観客席を埋めていた。
少なくとも俺の視力では、マウンドの上からスタンドにいる観客の一人ひとりの輪郭を判断することは不可能だ。俺は少し不安になる。本当に彼女は来ているのだろうか、と。
俺はもう一度長く息を吐き出すと、見えない天を仰いだ。