Limelight-9
「だから圭介のためにも、っていうのは建前。ホントはあたし自身が疲れてたから。あたしは、自分のために身を引こうと思ったの。──なのにさ‥‥」
彼女の声は震えていた。無理矢理笑おうとして失敗した亜希の顔は、とても幼い。
「どこかの馬鹿のせいで、揺らいじゃったじゃないの」
俺は寄り掛かってくる彼女の身体を抱き寄せた。細く、小さなその肩はとても頼りなく感じた一方で、悟ってしまった。遊びたい盛りの彼女の双肩には、俺が思っていた以上に重たいものがのしかかっていた事実に。
「‥‥俺の母親な」
俺はそのまま少し逡巡していたが、意を決して口を開いた。
「小さい頃に死んでる」
弾かれたように亜希が俺の顔を見る。涙を溜めたままの彼女に、俺は思わず苦笑いして、
「だからさ、母親の顔とかあんまり覚えてないんだよな。ただ、ちょっとだけ覚えてるのはさ」
より強く、彼女の肩を抱き寄せた。
「大きくて、優しくて‥‥温かかった。こんな、感じでさ」
霞がかったような俺の不透明な脳内映像からは、母親の顔も、声も呼び起こすことは出来ない。ただ、『母親』特有の包容力だけが、幼い俺の記憶のかけらを強く、強く繋ぎとめていた。いわばその懐かしいり『ぬくもり』そのものが俺の母親だったのだ。
「‥‥まぁ、結局俺が何を言いたいか、っていうとな」
亜希の身体を離し、カウンターの椅子に座った間まま、俺と彼女は向き合った。
「もう少し、俺に付き合ってくれねぇか、ってこと」
俺は亜希の瞳を正面から覗き込んだ。
「シングルマザーでも、いいの?」
彼女の瞳は遠慮がちに揺れている。
「世の中にはな、友達の母親と結婚した野球選手だっているんだよ」
「関係ないわよ、馬鹿‥‥」
亜希は、不器用に微笑む。無理に笑おうとして失敗したのが手に取るようにわかる。
そんな亜希の細い腰を、左手でもう一度抱き寄せる。その意味を、彼女は瞬時に理解し、ゆっくりと瞼をとじた。
彼女を守り通すことが出来るだろうか。彼女を俯かせたりはしないだろうか。そんな不安が無かったわけではない。でも、俺は誓った。
彼女も、彼女が抱える幼い命の灯も、必ず守り抜くと。
あの眩いスポットライトの下で輝き続けると──。
〜end〜