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最速の翼
【戦争 その他小説】

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第三話 大ちゃんと杉山君-1

「昨日は申し訳ありませんでした」
出撃のため、機体に向かう途中で清水は昨夜のことを暗い顔で二人に謝罪した。二人はしばし、きょとんとした後に笑い出した。
「なに、神妙な顔して謝ってんだ? 悪いのはこいつだろ」
 森口少尉は、西川上飛曹の頭をコツンと軽く殴った。
「あいた。そうそう、飲ました俺が悪かったから、気にすんな」
 西川も飛行帽の上から頭をさすりながら、清水の肩を叩いた。
「そら、今日も元気に偵察だ」
 森口は我先にと彩雲の操縦席に乗り込んだ。次いで西川も偵察席へ座る。そして両手を口に添えて叫んだ。
「ほら、さっさとしろ新米! 置いてくぞ!」
「は、はい!」
 清水は明るい顔で返事をして、勢いよく電信席に飛び込んだ。


 偵察に行ったレイテ島の状況は凄惨だった。海上からは数えきれないほどの艦艇が引っ切り無しに砲撃を行っている。地上では行き交う砲弾、爆発する戦車が煙に巻かれてうっすらと確認できた。
「どっちが友軍かはわからんな」
 西川は身を乗り出すようにして撮影を始めた。しかし、撮影のための時間はあまりなかった。
「グラマン! 右上から来ます!」
 右斜め後方上空から、グラマン(F6F戦闘機)が迫ってきた。それを見つけた清水は伝声管に向かって叫んだ。森口は素早く機体を右へ横滑りさせた。放たれた銃弾は彩雲を捉えることができずに空を切る。
「雲へ隠れるぞ!」
 森口は叫びながら、操縦桿を操って手近な雲の中へ飛び込んだ。清水はその間に『我、レイテ上空にて空戦中』と基地へ打電した。そして、後部旋回機銃の安全装置を解除し、引き金に左手の人差指を掛け、右手に伝声管を持って待機した。これでいつ敵機が来ても応戦できるし、敵機の位置を森口に伝えることができる。
 彩雲は雲から飛び出た。清水と西川はあたりをキョロキョロと見回す。
「下だ! 左下!」
 西川が叫ぶ。今度は左下方から機銃弾が機体のすぐ脇を通り抜けた。清水は旋回機銃を乱射して応戦する。
「少し無茶やるぞ! 舌噛むなよ!」
「いつでもどうぞ!」
 森口の提案に、即座に西川が同意する。彼は風防に付けられた取っ手をグッと握って、身を屈めた。
「は、はい!」
 少し遅れて清水も返事をして、旋回機銃にしがみついた。
「そうら!」
 彩雲は、左回りに螺旋運動を行った。俗にいう、バレルロール機動と言われるものだ。この機動を行うことによって彩雲の飛行速度が急激に低下、速度の変わらないグラマンは彩雲を追い抜いた。三人の目の前にグラマンが無防備な後姿を晒す。グラマンは彩雲に後ろを取られた形となった。鈍重なはずの偵察機に後ろを取られたことに気付いたグラマンは慌てて高度を上げ、尻尾を巻いて逃げていった。
「ざまぁみろ! 舐めてかかってきてんじゃねぇぞ!」
 森口はガッツポーズで敵機を罵った。さすがは開戦以前から活躍している熟練操縦士である。かつて、水上機母艦「千歳」の水上機乗りだったときに空戦を経験していたこともあってか、少々無茶な機動も臆することなくこなしてみせたのだ。
「さすが、ベテラン!」
 西川がパチンと指を鳴らす真似をした。手袋をしていたので、音を出すことができなかったのだ。
「こっちも追撃が来る前に帰るぞ」
 森口は機首を基地の方角に向け、速度を上げた。


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