第三話 大ちゃんと杉山君-2
無事、基地に帰還して、中村中佐への報告を済まして兵舎を出たところ、見知った顔が歩いていたのを清水は見つけた。
「杉山君? 杉山君だろ!」
清水はこの人物だろうと思われる名前を大声で読んだ。
「大ちゃん! 探したんだぜ!」
清水の呼び声に気付いた彼は、全速力で走ってきて目の前で止まった。
杉山君こと杉山一飛曹は、清水の事を下の名前の大介から大ちゃんと呼んでいた。一方の清水は、なんのひねりもなく苗字に君付けで杉山君と呼んだ。
「もしかして、さっき着陸した彩雲に乗ってたのか?」
しばし、再開の喜びを抱き合って共感したあと、杉山は格納庫の彩雲を指差して言った。
「う、うん。そう……だよ。電信員やってるんだ」
少し、下を向いて肯定した。杉山は戦闘機乗りだ。一人で何でもこなしている。それに比べて、森口少尉の大変な操縦や、西川上飛曹のように難しい航法をするわけでもなく、一番後ろで気ままに無線を打っている自分とは違う……。そんな事を心の奥で思っていた。
「なに、下向いてるんだよ。大ちゃん」
杉山は不思議そうな顔をして清水の肩を何度も叩いた。
「いや、何でもないよ」
「どうせまた、自分なんかとか思ってるんだろ」
「う、うん……」
控えめな清水の返事を聞いて杉山は笑って、過去を懐かしむように言った。
「相変わらず面倒な奴だなぁ、大ちゃんは」
清水と杉山は予科練の同期だ。自分に自信の持てない弱気な性格の清水とは正反対の明るい性格の杉山は、なぜか何かと清水と行動を共にしていた。遠泳では隣り合って励ましあいながら泳ぎ、精神注入棒の時も、尻の痛みにお互い涙ぐみながら耐え合った仲だ。
一年と半年あった予科練の卒業後、清水は偵察コース、杉山は操縦コースへと別々の練習航空隊に配属され、戦地での再開を誓って離ればなれになった。
「あんまり弱気になっちゃ、よくないよね」
「そうだぞ。電信員だって、重要な仕事だろ?」
「そうだけど……」
清水はまたうつむいて返事をした。どうも自信が持てないのだ。よくないことだとは頭では理解しているのだが……。
予科練の思い出話をしたり、ペアを組んでいる森口、西山の話をしたり、双方の所属航空隊での出来事などの話をしたりして、陽が西の海の方に傾き出した頃。
「そろそろ基地に帰らなきゃ。これ、持っておいてくれないか?」
そう言うと突然、杉山はポケットナイフを取り出し、着ている防暑服の襟に付いている階級章をはぎ取って清水に差し出した。清水と同じ階級の一等飛行兵曹の階級章。錨マークをみょうが紋で挟み、その上に飛行科を示す藍色の桜。一番上の二本の黄色線。
「どういうこと?」
受け取った階級章を手に、ぽかんとして清水は杉山に聞き返した。
「俺、もうすぐ死ぬから。今日は最後に同期の顔を見ようと思って来たんだ」
「そんなことないよ。縁起の悪いこと言うなよ」
杉山は静かに頭を横に何往復か振って、しっかりと清水の目を見て、滑舌よくはっきり喋った。
「明後日、特攻隊員となって出撃しろってさ」
「え……?」
夕日差し込むニコルス基地の隅、向かい合って話し合う二人の間を、小さな風が吹き抜けていった。