第二話 レイテの悪夢-1
清水は夢を見ていた。初陣の夢だ。
乗機、彩雲のすぐ後ろを多数の友軍機が編隊を組んで飛行している。爆装零戦、彗星、天山、それらを護衛する零戦……すべて小沢中将率いる機動艦隊から出撃した艦載機隊だ。清水らの彩雲は、敵機動艦隊攻撃のための誘導を行っている途中だ。後ろ向きに座っているので、各機体の搭乗員たちの顔がはっきり見える。皆、顔が強張っていて、口を真一文字に結んでいる。
「敵さんまでもうすぐだな」
西川上飛曹が他人事の様に軽い口調で言った。
「気ぃ抜くな。そろそろ出迎えが来てもおかしくないぞ」
森口少尉が気を引き締めろと激を飛ばす。西川はへーいと、また軽い口調で返事をした。清水はそのやり取りに苦笑いしながら、太陽に何気なく目をやった。
「敵機! 太陽を背に敵機が!」
太陽の光の中に黒点が見えて、瞬間、清水は上ずった声で報告した。彩雲のコクピット内での会話や報告のやり取りは、主に伝声管によって行われる。この時の報告も、伝声管を通して二人に伝わった。
「来たか!」
伝声管から響く清水の報告を受けて、森口はグッと操縦桿を握りなおした。護衛の零戦隊も気づいたようで、増槽を捨てて敵機へ突っ込んでいく。
清水は『我、空戦中』と基地へ打電すると、後部旋回機銃の安全装置を解除した。敵のグラマン戦闘機は零戦隊を難なくすり抜けて、次々と攻撃隊に殺到した。
「ああ!」
清水は思わず声を上げた。一機の天山が、グラマンの機銃を受けて右主翼がちぎれ飛び、黒い煙を引きながらきりもみ状態で墜落していく。
「酸素マスク装着! 高高度へ退避する!」
森口の声が伝声管から聞こえ、すぐ後ろの西川が酸素マスクを装着する音も聞こえた。清水も酸素マスクに手を伸ばし、手に取った時だった。急に電信室が暗くなった。西川の驚愕する声が聞こえ、清水は思わず上を見上げた。
「うわ!」
こちらに向かって太陽を覆い隠しながら、一直線に飛び込んでくるグラマンの姿がそこにはあった。パイロットの口元が緩むのがはっきりと見えた。刹那、グラマンの両翼から機銃が発射された。
「!」
声にならない声を上げて清水は布団から飛び起きた。息は荒く、寝汗をびっしょりと掻いている。悪夢だった。
グラマンが覆いかぶさってきたとき、彩雲は熟練操縦士、森口の見事な操縦で攻撃をギリギリでかわした。貧弱な武装しか搭載していない彩雲にとって、空戦になる事それ自体が撃墜されるとほぼ同義だ。そのため、彩雲は敵機に少しでも捕捉されないようにと高度を上げた。しかし、それは誘導していた艦載機隊を半ば見捨てたことになる。結果、艦載機隊はごく少数が敵艦隊に到達したのみで、大きな戦果を挙げることはできなかった。
こうして、清水が初陣を飾ったレイテ沖海戦は終わったのである。
「寝よう……」
清水の隣では西川が大きないびきをかいている。その他にも、一四一空の仲間には大きないびきをかく者が多い。おかげで、汗を手ぬぐいで拭きとって横になる清水が、再び眠りにつくまでには相当な時間が掛かった。