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サイパン
【戦争 その他小説】

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第十九話 小隊壊滅-2

 陽が西に傾きかけていた頃。
「少尉殿を奥へ運べ! 米兵が来た!」
 西山がこちらに向かってくる米兵の集団を認めて言った。
 小さな洞窟の中に、三井小隊の西山分隊、飯田分隊の兵士十数名が詰めていた。洞窟は決して広いとは言えないが、奥には少しだけ水が染み出していたので、陽が落ちるまで籠ることにしたのだ。
「ゆっくりでいいぞ。しっかり運べ」
 銃弾を腹部に受けて重傷の三井少尉を、二人掛かりで数メートル先の洞窟の奥へと運ぶ。
「見つかりそうか?」
 西山の横に飯田が来て、一緒に外の様子をうかがった。
 米兵が十数人ほど、一個分隊規模だろうか? ゆっくり近づいてくる。そのうちの一人は手りゅう弾を片手に持っている。
「おい。手りゅう弾持ってるぞ。こりゃ、投げ込まれるぜ」
「ああ。奴ら、しらみ潰しに洞窟を潰して回ってんのか」
 二人は現状を冷静に分析し、判断を迷わなかった。
「全員、武器持て。敵さんのお出ましだ」
 それぞれ、小銃、拳銃、残っている各々の武器を手に、隊員たちが洞窟の入り口に集まる。
「撃て」
 西山の号令と共に、一斉に小火器が火を噴いた。米兵たちは突然の攻撃に驚いたのか、散り散りに地面に伏せたり木に隠れたりする。しかし、思ったよりも早く態勢を立て直してきた。容赦ない反撃の銃弾が洞窟めがけて飛び込んでくる。
「くそっ! もう弾がない」
 西山の小銃にはもう入れる弾がない。拳銃もとうに失ってしまっている。武器らしい武器と言えば、銃剣が小銃の切っ先に光っているだけだ。
「飯田。靖国で会おうぜ」
 西山は隣の飯田に微笑みかける。飯田は西山の意図を察して、急いで思いとどまらせた。
「はやまるな。死に急ぐもんじゃない」
 腕を引っ張って引き留めるが、西山は聞かずに小銃片手に洞窟を飛び出した。しかも西山だけでなく、同様に弾の無くなっていた数名の兵士も一緒に突撃していった。
「死ねーっ!」
 西山らは雄叫びをあげて米兵に向かって突撃して行くが、その刃が届くことはなかった。米兵らのはるか手前で全員あっけなくなぎ倒された。
「無駄死にじゃないか」
 先に死んだ親友を飯田は非難したが、自身の死の瞬間も目前に迫っていた。
「なんとかできないか」
 飯田は判断のしようがなかった。敵は火力に物を言わせて徐々に近づいてくる。洞窟内では後退は不可能。残された道はこの敵陣を突破するしかないが、押し通れるだけの体力と武器が残っている兵士など一人もいない。小銃を撃つだけでもう精一杯の者だらけだ。
「火炎放射器!」
 後ろで小銃を構えていた一等兵が、米兵の中に一人だけ違った装備をしている兵士を見つけて叫んだ。その装備の名は、火炎放射器。
「絶対に撃ち殺せ!」
 火炎放射器の怖さは、目の当たりにした者なら誰でも知っている。生きたまま人を焼き殺す残酷さ、たとえ炎自体に焼かれなくても、一瞬で辺りの酸素を奪い去って窒息死へと誘うことからも、装備した敵がいた場合は集中的に狙った。
 銃弾にも怯まず、米兵は発射体勢を取って火炎放射器の銃口をこちらに向けた。
「くっそおおおおぉぉぉ!」
 飯田は小銃を捨てて腰の軍刀を抜き、火炎放射器へ飛びかかった。すでに射手は放射体勢で構えている。刺し違えてでも切り殺す! 決死の覚悟で雄叫びをあげ、斬りかかった。しかし、もう遅かった。
 火炎放射器はその名の通りに火炎を口から勢いよく吐き出した。飯田の身体を猛火が包み込む。それでも火は衰えを知らずに洞窟内にまでなだれ込み、中にいた兵士ごと洞窟の隅々まで焼き尽くした。


 身体全体が汗ばんでいる。頭がボーっとする。そんなに気温は低くないはずだが妙に冷える。
 酒田伍長はたった一人で、民家の一室の壁際にもたれかかって座っていた。その顔は死人と見紛うほどに血の気が引いている。
 彼の分隊は後退中に敵部隊と遭遇して戦闘となり、彼を除いて全滅してしまった。一人になった酒田は故障した小銃を杖代わりに、偶然見つけたこの民家に転がり込んだのだった。
 赤く染まった右太腿に目を向ける。酒田自身も戦闘時、太腿に銃弾を受けていた。止血にと、部屋の床に落ちていた手拭いで傷口をきつく縛ったはずなのだが、流れ出す血が止まらない。
「俺は……!」
 帰らなくてはいけない。何が何でも、帰らなくては。妻のために、娘のために。
 震える血まみれの手で胸ポケットから写真を取り出す。
「帰ったらもっと抱っこしてやるからな」
 写真の中の愛娘の幼い顔を指でなぞる。なぞった指のすぐ後ろに赤い血の線が筆で書いた様に付いてくる。
「お前、幸恵。父さん頑張るからな」
 妻と娘の名前を呟いて、自分を奮い立たせようとしたものの、だんだん眠くなってきた。娘の笑顔、泣き顔、妻の笑顔が目の裏に浮かぶ。いつしか彼の周りの畳の色は、綺麗な薄緑色から赤黒い色へと変わっていた。
 だらりと力を失った手から写真がすべり落ちる。それと同時に酒田の意識は遠のき、彼の身体に意識が宿ることは二度となかった。


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