〈我ハ“八代”ナリ〉-1
時は少し戻り、場所は日本……。
春奈の貞操が姦され、景子が家畜への道を歩まされた時刻の出来事だ……。
小高い丘の上に、街並みを見下ろすが如く偉容を誇る洋館が立っている。
日射しは真上から降り注ぎ、短い影が、その建物の凹凸をいっそう際立たせていた。
手の込んだ窓枠の並ぶその三階の部屋……そこには三人の男の姿があった……。
『あ〜……銭森の……う〜…小娘共は全員……う〜……始末されたらしいのう……』
豪華絢爛な西洋椅子に座っている和服姿の白髪の老人の前では、一人の男が軽く頭を下げて立っている。
老人は黒光りのするテーブルに肘をつき、目の前の黒いスーツを着た男に向かって、唸りながら言葉を発していた。
その隣には、グレーのダブルのスーツに身を固めた、染めた黒髪を七三に分けた男性が座っている。
年の頃は50代といった所だ。
『……はっ……』
背筋を伸ばして腰だけを曲げた男は、緊張した面持ちのまま短く答えた。
誰あろう、それは八代であった。
『あ〜……君の働きには…う〜…いつも感謝しておる……あ〜……ワシの息子共々にのう……………』
老人が隣の男の肩を叩くと、その男は八代に向かって軽く頭を下げた。
この男が、つまりは老人の息子なのだ。
『長男を…う〜…警視総監にと思うた夢……あの銭森某(なにがし)とか抜かす奴に……あ〜……あの時も小娘を消してやったというに……あ〜…まさか分家の銭森某までもが次男の邪魔をしよるとは……この……このワシの無念……う〜……君にも分かるかね?』
『長男、次男と辛酸を嘗めさせられた無念……お察し致します……』
数年前、この老人が長男を警視総監にと願った夢は、銭森という男に阻まれた。
夏帆や真希の祖父である。
そして、この老人に銭森失脚の“願い”を受け、孫娘達を拉致して警視総監の立場から追い出す役目を一役買ったのが、八代だった。
その非道な思惑を知らなかった本家の銭森は、あろう事か分家の銭森に警視総監の肩書きを与えてしまった。
公私混同の言語道断な人事は、夏帆達の味わった生き地獄まで引き継がせ、関わった女性の全てを巻き込む惨劇を招いた。