投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

サイパン
【戦争 その他小説】

サイパンの最初へ サイパン 53 サイパン 55 サイパンの最後へ

第十八話 崩壊へ-1

 十八日、米軍は上陸地点チャランカノアから日本軍の防衛戦を突破して対岸のラウラウ湾に到達、日本軍は横一文字に分断され、アスリート飛行場を防衛していた第三一七大隊は島南部に孤立してしまう。米軍は攻勢を強め、いよいよ飛行場は米軍の手に落ちようとしていた。
 そして同じくヒナシス山の攻防戦も佳境を迎えていた。ここでも日本軍はすり減った戦力で必死の抵抗を続けるも、米軍はそれを数倍の火力と兵力で圧倒する。


「軍曹殿! 弾がもうすぐ無くなります」
 今野伍長は、分隊長の軍曹に悲痛な声で報告した。彼の頭には血の滲んだ包帯が巻かれており、軍服のいたるところに自分と他人の血が染みついていた。
「そこらへんの仏さんから集めてこい!」
 こちらもボロボロになった軍曹が、構っていられないというように指示した。
「すでに、戦友の遺体はすべて探りました!」
  補給が途絶え、弾薬はもちろん、食料や飲料水までも欠乏している。戦死した戦友の遺体から弾薬を集め、水はたまに振るスコールを鉄兜に溜めて飲んでいた。空腹は我慢した。
「ちっ……大事に使えよ!」
 軍曹は自分の弾薬入れから、弾薬クリップを二つ、今野に投げ渡した。
「ありがとうございます!」
 今野は手に入った弾薬をさっそく狙撃銃に装填して射撃を始めた。
 彼らの分隊は当初は定員の十二名が在籍していたが、戦いが激しくなるにつれて、一人減り、二人減り、ついには五名を数えるまでにすり減っていた。小隊に至っては彼ら五人含めても十八人しか残っておらず、小隊長も戦死。もはや組織的な行動は不可能になっていた。部隊間の伝令も長い間来ていない、伝令を出す余裕はどこの部隊にも無いのだろう。
「擲弾筒は残ってるか!?」
「駄目です! 砲弾が一発もありません!」
 生き残っていた擲弾筒要員の一等兵が上ずった声で報告した。支援火器の機関銃は全損、擲弾筒も砲弾切れ、彼らは残ったわずかな武器で必死に抵抗するしかなかった。
「奥からシャーマンが来ます!」
 別の一等兵が悲鳴に近い声で報告する。その言葉通り、木々の奥からシャーマン戦車がゆっくりと黒い車体を現した。
 ここで全滅するよりは……。冷や汗を流しながら軍曹は考える。そして決断した。
「全員、後退だ。 戦車から逃げるぞ」
 唇を噛んで軍曹は指示を下した。ここで後退すれば、飛行場の防衛の見込みはなくなるからだ。それでも抗戦を続けるべきだと思っての判断だったが、やはり悔しかった。
 撃つ砲弾の無くなった擲弾筒を、一等兵はその場に放棄して後退する。他の兵士たちもそれぞれいらない装備を次々と放棄して後退を始める。
「今野! 下がるぞ!」
「殿、務めます! 任せて後退してください!」
 軍曹の声掛けに応えてから今野は、頭を出している敵の戦車長を狙う。前回は他の兵士の援護射撃があったが今回は無い。皆、援護射撃などする余裕などなく、軍曹もすでに後退し始めていた。手が汗ばむ。それでも照準を合わせて引き金を引いた。
 パン! 
「やった!」
 銃弾を敵の戦車長の脳天に食らわすと、今野は動きを止めた戦車に背を見せて一目散に駆け出して、先に後退した部隊の背を必死で追った。


 米軍の激しい攻勢により、アスリート飛行場はついに陥落、所有権は米軍に渡った。三一七大隊残余は飛行場の奥のナフタン山に後退。しかし、ナフタン山でも彼らは米軍との間で壮絶な死闘を演じることになる。


サイパンの最初へ サイパン 53 サイパン 55 サイパンの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前