第十七話 死者の扱い-3
夜になり、杉野らの部隊への攻撃は止んだが、海岸の方では激しい銃声や砲声がひっきりなしに鳴り響いていた。いくつも照明弾が上がっているのも見える。どうやら友軍による夜襲が行われているらしい。
小銃を構えて陣地の見張りを行う杉野に、横から河田がそっと近寄ってきた。
夜間には、交代で見張りを立てていた。米軍は日本軍とは違い、夜襲をかけてくることはおそらくないであろうが、もしもの時や、友軍の兵士が迷い込んでくることもあるので見張りは必ず必要だった。
「どうした、河田? 見張りのとき以外は寝ないと持たんぞ」
河田は見張り要員ではないし、次の交代する人員でもない。
「伍長殿、夕刻の時は申し訳ありませんでした」
そう言って河田は深々と頭を下げた。杉野は少し驚いたが、すぐに優しい顔をして、河田の肩を数回、叩いた。
「気にするな。お前の気持ちはもっともだ、戦死者の遺体なんて漁るもんじゃない」
暗い顔になる河田を横目に、杉野は話を続ける。
「それでも、やらなきゃならないんだ。敵と戦うためにな。死者もそのためならきっと許してくれるさ」
「はい」
河田は返事をして頷く。
「もう、寝ろ。明日も激戦になる」
「はい。申し訳ありませんでした」
河田はもう一度、深々と頭を下げて、狭い陣地の中で背嚢を枕にして横になった。彼の両隣にはそれぞれ、右に笹川、左に横井一等兵が寝息を立てている。
「伍長殿、交代の時間です」
四十分後くらいか、片野が起きてきて交代の時間を告げた。杉野は短く答えて、自らも背嚢を枕にして寝ころんだ。
片野の方は、さっきまで杉野がいたところに同じように小銃を構えて立ち、杉野に話しかけた。
「伍長殿。部下共の事ですが、あまり気にしないでください。初陣は自分もあんな感じでしたから、じきに皆、戦場に慣れます」
片野は自分の過去を思い出したように言った。部隊こそ違ったが、この男も南方作戦にて初陣を飾ったと杉野は聞いていた。
「あの時はすまんかったな。お前に余計なことを言わせた」
「謝らんでください。佐伯兵長殿みたいにはいきませんが、自分もしっかりしないといけませんから」
片野は、輸送船が攻撃されたときに戦死した兵長の名前を小さな声で出した。彼も普段は見せない弱さがあり、それと戦っているのだ。それを読み取った杉野は優しく言った。
「安心しろ、お前は十分やってくれている」
「ありがとうございます。伍長殿にそう言って頂けると、肩が楽になります」
振り向いて片野が笑顔を作る。
「そうか。では、少し休ませてもらうぞ。見張り、頼むぞ」
「任せてください。明日も、頑張りましょうや」
そう言い合って片方は浅い眠りにつき、もう片方は見張りに集中する。
まだ闇夜にいくつも照明弾が輝いていた。