投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

サイパン
【戦争 その他小説】

サイパンの最初へ サイパン 49 サイパン 51 サイパンの最後へ

第十六話 狙撃手の戦い-4

 今野が陣地に戻り、軍曹の背後から狙撃手の射殺を報告すると、軍曹はよくやったと言って振り向いた。軍曹の左頬には止血用のガーゼが張られており、そこから血が少し滲んでいる。
 今野がそれを見つめていると、視線に気が付いたのか軍曹はガーゼをさすりながら言った。
「これはさっき白兵戦になったんだよ。 ほらあれだ」
 軍曹はすぐ脇を指差す。その先には心臓に刺し傷があり、白目をむいた海兵隊員が横たわっていた。
「やっぱ銃床ではだめだな」
 軍曹曰く、射撃中にいきなり草陰から飛び出してきたこの海兵隊員と格闘戦となり、頬をナイフで切られたものの銃床で殴って昏倒させ、腰の銃剣で心臓を突いてとどめを刺した。ということらしい。
「やっぱり白兵戦、得意じゃないですか」
「頬を切られたんだ。白兵戦は銃剣術に限るぜ」
 二人はニヤリと笑ってで軽口を言い合う。そこへ分隊員の一等兵が、青い顔で駆け込んできて
「シャーマンです。敵戦車が来ました!」
 と報告した。軍曹も今野も笑顔を真剣な顔へと変えた。木々を押し倒す戦車の走行音も聞こえだした。
 歩兵にとって戦車は非常に脅威だ。特に火砲が頼りない物しか持っていないような歩兵隊では、逃げるのが先決だ。
「全員、装備まとめろ! 一旦後退だ、急げ!」
 軍曹は手早く装備をまとめる。隣の今野は狙撃銃の照準眼鏡(狙撃スコープのこと)を覗いて、戦車を見た。
 戦車は内部からでは視界がとてつもなく狭い。なので、通常は戦車長が顔を出して、あたりを偵察しつつ行動するのだ。この時もジャーマンの戦車長は顔を出していた。それを認めた今野は軍曹に提案した。
「軍曹殿。自分があの戦車長を狙撃しますから、その隙に後退を」
 軍曹は今野の提案を理解し、全員に聞こえるよう、大声で指示を出した。
「今野が今から戦車長を撃ち殺すから、その間に全員後退するぞ! それまで今野を援護しろ!」
 各所で了解! という声が応え、銃撃が強まる。そんな短いやり取りも、すでに集中し始めた今野の耳には右から左へと通り抜ける。敵の戦車長を撃ち殺すことだけを今野は考えていた。
 もし、一発目の狙撃を外せば戦車長は警戒して中に引っ込んでしまい、二回目の狙撃の機会は失われるだろう。そうなれば追ってくる敵戦車の前を、背を見せて後退することになる。何人かは機銃に捉まって死傷するだろう。そうならないために、なんとしても初弾で仕留めなければ!
(よーし。そのまま前進して来い)
 戦車は今野の思惑通りにゆっくりと木々を押し倒しながら前進してきた。
(今だ!)
 今野が渾身の一発を放つ。銃弾は木々の間をすり抜けて、戦車長の首を吹き飛ばした。シャーマン戦車の動きが止まる。
「やりました!」
「よくやった! 全員、後退!」
 今野の報告が終わるや否や、軍曹は叫んで自らも一気に後ろへ走った。今野や分隊員もそれに続く。狙撃が効いたのか、戦車や敵歩兵は追ってこなかった。


 十六日、飛行場に迫った海兵隊を第三一七大隊は辛うじて抑え込むことができたが、これ以降はシャーマン戦車の出現と大兵力に屈し、じりじりと損害を重ねながら後退していくことになる。


サイパンの最初へ サイパン 49 サイパン 51 サイパンの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前