第十五話 陸戦隊VS海兵隊-2
宮中はそっと眼を閉じる。脳裏にふっと両親の顔、軍艦乗りの兄の顔が浮かぶ。
宮中は、小さな料理店の次男坊として生まれた。店はよい食材と、板前である父の腕も相まってよく繁盛していた。兄は店の手伝いなどはよくすっぽかしたりしていたが、宮中自身は一回たりともすっぽかしたりなどはしなかった。
そんなだからか、両親はてっきり店を継いでくれると思い込んでいたのだろう。彼が、兄を追いかけて海軍へ入る、と言ったときの両親の一瞬唖然とした顔は、今でも目に焼き付いている。
「お前はなにを言っとるんだ! お前が継がにゃ、誰が店を守っていくんじゃ!」
そういって父には頬を殴られた。本来、店を継ぐはずの兄が家出同然で入隊してしまったので、父は何としても宮中に継いで欲しかったのだろう。だが、宮中はそんな父の願望を押し切って入隊した。入隊を聞いた父は勘当だ! と怒鳴ってまた頬を殴った。思えばあれが、唯一親に反抗した例だった。
それでも父は最後には笑って送り出してくれた。
「長門の厨房で包丁を握るお前を期待してるぞー!」
走り出す汽車の窓から見えた、ホームの一番端でそう叫びながら、大きく旭日旗を振る父の姿はいつまでも忘れないだろう。
まぁ、長門の厨房はおろか、包丁の代わりに軍刀を握る陸戦隊で働くことになってしまったのだが……。
海兵団への入隊から四ヶ月が過ぎ、満期までもう少しとなった頃、兄と面会する機会があった。
海兵団というのは、新兵が艦隊に配属されるまでの基礎訓練を行う組織で、ここで海軍軍人の”いろは”を叩きこまれるのだ。五か月間、陸上での海兵団で厳しい基礎訓練を積んだのち、晴れて艦隊勤務となり、大海原へと出れるのである。
その頃の兄は、駆逐艦の対空機銃の機銃手をやっていて、勤務でのいろいろな体験を聞いた。加熱した砲身に誤って触れて腕を火傷したこと、厨房から銀蝿(食料などを盗んでつまみ食いすること)がばれて腕立て伏せをやらされたこと、艦の煙突掃除でススまみれになったことなど、実に楽しそうに兄は語った。
話を聞いていた宮中は、無意識に兄に対抗心を抱き、同時に憧れていたことを実感した。そして思う、俺は、兄さんと一緒の艦に乗って頑張りたいと。
「俺も兄さんの艦に乗りたい」
宮中がそう自らの希望を言うと、兄は笑いながら言った。
「じゃあ、うちの艦の名物料理長になってくれよ」
なんだかなぁ、と宮中は思う。陸戦隊に配属された当初は正直に言うと嫌だった。憧れの兄と同じ職業に就いたのに、任務と言えば基地の陸上防衛で、軍艦に乗って海に出ることは叶わなかったからだ。
それでも性格からか腐ることはなく、訓練も必死にこなした。やがて昇進を重ね、戦車の扱いも覚え、教官に任命される頃には、この軍艦乗りとも陸兵とも一味違う、陸戦隊という兵科に誇りを持つようになっていた。
戦車内に別の車両のエンジン音が響き、宮中は閉じていた眼を開き、思い出の中から現在へと意識を戻した。