第十四話 敵軍上陸-3
遠くに銃声、砲声響く中、近くに草をかき分ける音を聞いた杉野は、その方向に小銃を向けた。彼の陣地には、まだ敵は来てはいない。
「号令があるまで撃つなよ。誰かいるのか?」
杉野は部下たちに勝手に射撃を開始しないように釘を刺してから、音のする方へ声を掛けた。
「第三一六大隊の……堀江一等兵です」
草むらからは苦しそうな声が聞こえた。
「笹川、木田。連れてこい」
杉野は部下二人を救助に行かせた。
「すいませ……ん。助かりました」
笹川に右肩を、木田に腰を抱えられて陣地まで連れてこられた。堀江は荒い息で礼を述べた。彼の左肩に貫通銃創があり、持っていた小銃と軍服は赤黒い血の色に染まっていた。
「状況は話せるか?」
連絡を受けた三井少尉もやってきて、杉野と二人で状況を聞く。手当は横井一等兵が行っている。横井は、堀江の背嚢から医薬品の入った布袋を取り出し、中から包帯包(消毒液付きガーゼと包帯のセット)を出した。銃弾の出入り口両方に消毒液を含ませたガーゼを当て、包帯できつく縛る。少し痛みが走ったのか、堀江が小さく唸る。
「私のいた小隊は、おそらく、私以外は……戦死されました」
戦死……という単語を出したくなかったのだろう。少し言葉を詰まらせる。
「海岸線はすでに制圧されてしまいました。最初は頑張って抑えていたのですが、米兵共は卑怯にも艦砲射撃と、爆撃の助けを借りて反撃してきました」
堀江は悔しそうに言った。その目には涙が滲んでいる。
激しい事前砲爆撃によって情報網が寸断され、部隊間の連絡さえもままならなくなっていた日本軍とは対照的に、米軍は各部隊に無線機を背負った通信兵数名を配備し、無線機で支援要請一つすれば、海からは軍艦による艦砲射撃、空からは戦闘機や爆撃機がやってきては機銃掃射、爆撃を容赦なく加えた。
「小隊の陣地にも敵機の爆弾が直撃して、伝令から帰ってきた私の目の前で爆発したんです」
それから二人は、堀江が負傷してから、隊に救助されるまでの事の顛末を簡単に聞いた。
「そうか。堀江一等兵、お前はうちの隊について戦友の仇討ちをしろ。杉野、お前の分隊で面倒見ろ」
三井は堀江を小隊に組み込んだ。元の所属部隊の壊滅後、生き残った兵士が別の部隊に吸収され、戦闘を続けることは日本軍ではごくごく普遍的なものだ。
「堀江一等兵です。よろしくお願いします」
堀江は杉野の分隊員に敬礼して隊に加わった。
上陸初日、侵攻する米軍は事前砲爆撃から生き残っていた砲や、海岸陣地からの攻撃をまともに受け、約二千名が死傷する大損害を被ったが、空と海からの支援攻撃を皮切りに体勢を立て直し、夕方には海岸線にキャンプを設置、橋頭保ともいえる地点を確保した。
防衛する日本軍は、防衛のため海岸線に張り付いていた部隊が善戦したものの、そのほとんどが反撃を受けて壊滅。隠蔽されていた砲兵隊も、海岸に砲撃を行ったことにより陣地が露呈、猛烈な艦砲射撃を食らって、こちらもほとんどが破壊されてしまった。
水際での敵軍殲滅を企図した日本軍はその夜、夜襲による反撃を敢行すべく海軍陸戦隊を主力とした戦力を海岸付近に集結させた……。