第十四話 敵軍上陸-2
「海岸の三一六大隊と、後ろの砲兵隊が攻撃を始めましたね」
大井上等兵が、砲撃音や発砲音に身体を縮こまらせながら、北沢軍曹に誰でもわかる報告をした。
「俺らも本番に備えた方がいい。三一六が突破されたら、ここが最前線になるぞ」
「ふふふ……久しぶりの実戦ですねぇ」
二人は同時に不敵な笑みを浮かべる。北沢の隣にいる一等兵が、二人の不気味な表情を横目で見て、すぐに目を別砲口へ反らした。
すぐ近くで大きな銃声が響いた。
「全員、射撃用意!!」
北沢はバッと反応して、部下に臨戦体制をとらせ、自らも機関銃を構える。やがて、木々の間から明らかに日本兵のものとは異なる鉄兜が、いくつも見え隠れし始めた。進撃中の米兵のようで、おそらく二個分隊、二十名はいるだろう。こちらへ向かってきているように思える。
「少尉殿。敵が二十名ほどあちらに見えます」
北沢は、少尉のいる数メートル隣のタコツボ陣地まで身体を屈めて走って報告しに行き、射撃許可を乞うた。
「あそこだな。よ、よし軍曹の射撃号令で攻撃を始めよう」
弱気な少尉の反応に、北沢は何じゃそらと少し落胆の色を目に浮かべた。
この小隊長はやっぱり戦場向きではないな、と改めて認識する。もっとも、今更そんなことをいちいち気にするほど状況は軽くない。すでに実戦は始まっているのだ。北沢は軽く敬礼すると、来た時と同じように身体を屈めて自分のタコツボ陣地に戻り、見えている敵兵の一人に機関銃の照準を合わせた。その隣では大井が素早く再装填するため、替えのマガジンを持って攻撃に備えている。
「よし、撃て!!」
北沢の号令で小隊が一斉に射撃を始める。敵兵の逃げ惑う姿がちらちらと木々の間から見え、北沢は得意になって機関銃を撃ち込み続ける。
二分ほど撃ち続けていると、敵の方から小さな光が一瞬光る。何秒か後に自陣地の十数メートル手前で砲弾が爆発した。敵は体勢を立て直したのか、射撃がそれに続く。
「迫撃砲だ! 気を付けろ! 閃光が見えたら迷わず伏せろ!」
大井が機関銃にマガジンを装着しながら分隊員に向かって注意を促す。
激しい射撃の応酬になった。
「橋本! 大宮! こっちも反撃だ。擲弾筒用意しろ!」
北沢は擲弾筒を装備している二人の部下に準備を命じた。
擲弾筒は、日本軍が独自に運用した小型火砲だ。敵と接近戦となり、砲兵の砲撃支援が受けられない状況での擲弾筒の存在は、重火器の頼りなかった日本軍歩兵には非常に心強いものであった。
「ジャングルの中だ。どうせ狙った場所には当たらんから、気楽に撃っていけよ」
普通の者はこの状況なら、よく狙え! とか、落ち着いて撃て! などと声を掛けるのだが、陽気な北沢らしく、まるっきり逆の言葉で擲弾筒要員の二人を励ました。
擲弾筒から発射された砲弾が、北沢の頭上を放物線を描いて飛んでいく。しかし、砲弾は敵兵に届く前に木々によって阻まれ、対峙している両軍の間に落ちて爆発する。
「構うな。構うな。どんどん撃ち込めよ!」
大井が北沢に代わって二人を励ます。
十数分後、激しい撃ちあいの末に、米軍は陣地の突破が不可能と見たのか後退し始めた。
後退する米兵の背中に、北沢が罵声を浴びせる。
「どうだ、アメ公! 次は倍の兵士で掛かって来いやーっ!!」
「おぉーっ!」
それを小隊の兵士たちの歓声が追う。
敵軍上陸初日の北沢らの部隊の損害は、迫撃砲の破片による軽傷一名のみであった。