第十二話 艦砲射撃-3
「奴ら、夜になってもやめないのか」
爆発音が小さく響く洞窟内で普段静かな酒田伍長が珍しく毒づいた。
もうすっかり陽は落ちて辺りは暗闇に包まれている。いつもと違うのは、いつもは一緒に付いてくるはずの静寂という単語が今日は付いてこないことだ。敵艦隊は朝からずっと休むことなく砲撃を続けている。今日一日、彼らは洞窟からほとんど一歩も出ることができなかった。排泄すら使い古されたバケツの中で行ったほどだ。
「これも狙いなんでしょうね」
杉野がどうぞ、と水で満たされた飯盒の蓋を渡しながら酒田の言葉に答えを出した。すまん、と受け取って西山は水を一口で飲み干した。
「ああ。嫌がらせだな」
殻になった蓋を返しながら酒田、は杉野の言葉を理解して同意した。
「ええ。南方では我が軍が砲撃する側だったのですが、今度はこっちがやられる番とは」
杉野は思い出すようにしみじみと言った。
「さすが、戦地経験者は慣れてるな」
「冗談言わないでください。そもそも酒田伍長殿だって中国で実戦経験済みですよね」
「そうだな」
酒田が杉野よりも入隊が一年上であったが、同じ伍長、同じ分隊長と、階級と役職こそ同じなのでよく会話を交わす仲だった。
「こういう時は暗い話はしたくない。よし杉野、嫁さんの写真見せろよ」
「何を言い出すんですか」
そう返しつつ、杉野は酒田に写真を渡した。
「綺麗な嫁さんじゃないか。でも、俺のには負けるな」
「ほう。言いますね。では見せていただきましょうか」
杉野はちょっとムッとして酒田に言った。自分にはもったいないくらいの自慢の妻であったし、一番だと思っていた。それは誰にも否定されたくはなかった。
「愛妻家だな。そんなに怒るなよ。ホラ、負けてるだろ?」
酒田は杉野をたしなめながら、自身の軍服の右胸ポケットから一枚の黒く薄汚れた写真をよこして写真の左端に指を指した。写真が汚れているのは、重油の漂う海を彼も漂流したからだろう。
「これは……参りました」
写真には二人の人物が映っていた。一人は綺麗な女性、もう一人はその女性に抱かれた幼児だった。酒田が指を指したのは後者の方だ。これには杉野も負けを認めざるを得なかった。
「そうだろう? 俺の娘だが、まだ両手で数えるほどしか抱いたことがないんだ」
酒田は手の感覚を思い出すように手を握ったり開いたりした。きっと彼の頭の中には娘を抱き上げた時の光景が何回も流れていることだろう。
「必ず、また会えますよ」
杉野は酒田に写真を返しながら言った。
「そうだな」
両目を閉じて写真を胸ポケットにしまう酒田。再び開けられた目の色を見て、杉野は悟った。
この人も俺と同じか。
もはや生きて帰ることができないことは杉野同様、酒田も承知していた。近いうちに強制的な死が訪れようとも、戦い抜くべく自らを奮い立たせている勇士を、杉野は酒田に垣間見た。
砲撃は朝日が木々の間に差し込む頃まで、延々と続けられた。