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サイパン
【戦争 その他小説】

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第十二話 艦砲射撃-2

 ドオオォンン!!
 地の底から突き上げるような衝撃が、耳をつんざく雷鳴と共に襲ってきた。
 前原憲兵少尉はその時、チャランカノアの憲兵詰所にて書類の整理を行っていた。報告書や申告書の類の書類を重要なものとそうでないものに大別し、さして重要でない書類は燃やして処理をしようかというところだった。ちなみに処理予定の書類のなかには、二人の伍長が営倉に一晩入った記録も含まれていた。
「また空襲が来たか」
 前原は軽く舌打ちをしてから、重要書類を雑嚢に素早く詰め込み、詰所を飛び出した。
「少尉殿! 敵からの艦砲射撃です! 早く豪へ!」
 詰所を飛び出てすぐに、こちらへ向かって息を切らせながら走ってきた憲兵上等兵と対面した。鉄兜を深く被った彼の顔は、落ち着きの色を完全に失っていた。まさか艦砲射撃まで受けるとは思ってもみなかったのだろう。
「落ち着け! 敵は直接狙いを付けているんじゃない。流れ弾にさえ当たらなければ大丈夫だ」
 前原は憲兵上等兵の肩を軽く叩いて、早く行くぞと諭した。この間にも次々と砲弾は特有の飛翔音を発しながら、周りの地面に突き刺さっている。ここから海は見えないが、かなりの数の敵艦が砲撃しているのはたやすく想像できた。
 流れ弾にさえ当たらなければと言ったものの、前原にもこの中を平然と突っ立ていて生き残れるとは到底思っていない。早く豪へ入らなければ……と、頭に豪への最短の道を浮かべた時だ。
「プロペラ音……!」
 爆発音の中にわずかにプロペラ音が混じって聞こえる。前原はかすかなプロペラ音を発する正体を彼方に認めて戦慄を覚えた。
 水上機……。
 キスカ島で見飽きた姿がそこにはあった。まずい、そう体と頭が同時に告げていた。
「流れ弾どころじゃない! 急げ! 砲撃が来るぞ!」
 前原は憲兵上等兵の背を思いっきり押して走らせた。自らも雑嚢を背負い直し、深く鉄兜をかぶって走り出した。今度は前原の方が、落ち着きを無くしている。
 水上機。艦砲射撃の弾着観測を主任務とする、下駄ばきの艦載機だ。キスカ島ではあれが見えると、付近は恐ろしく正確な砲撃にさらされた。あの恐怖が前原には今も染みついている。
「うわぁ!」
 憲兵詰所に砲弾が直撃し、詰所は粉微塵に粉砕された。二人は爆風を背に受けて思わず倒れこむ。
「立て! 構わず走れ!」
 前原は素早く立ち上がり、まだ地面を這っている憲兵上等兵の左腕を掴んで無理やり引き上げた。彼は腰を抜かして、恐怖に喘いでいる。前原はそんな姿を気にも留めず、なかば彼を引きずりながら走り出した。
 一分ほど両名は夢中で走り続け、遠目に豪の入り口が見えてきた。入り口には数名の兵士が半身を乗り出して大きく手招きをしているのが見える。かすかに安堵の表情を浮かべる憲兵上等兵。前原もあと一っ走りだとばかりに両足に力を込める、しかし、大きな砲弾の飛翔音が耳に張り付いた。
 走りながらわずかに振り返った前原の両目が最期に捉えたものは、自らに向かって一直線に飛んでくる砲弾の姿だった。


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