たそがれドライバー-1
「里山さん、もう終わりにしましょうよ?」
岩城一平はもう帰りたそうであった。イケメンで34歳のレントゲン技師である。今日は東京の郊外にある馬井製菓本社までレントゲン集団検診で来ていた。レントゲン車の運転手は里山純一53歳だ。岩城と里山はこの一年ずっとコンビを組んでいる。里山はアルバイト運転手なので年下とはいえ職員である岩城には強く出れなかった。
「検診時間は16時までですよね?まだ30分ありますよ」
「でもこの1時間誰も来てないじゃん。もう来ないよ」
「いや、まだ来るかもしれない」
「里山さん、真面目過ぎる。だから奥さんに逃げられるんですよ」
嫌な奴だ。里山は岩城が嫌いだった。イケメンで女にモテルのもむかつくが、こっそりレントゲン撮影を覗かしてくれと頼んでも絶対ダメだった。里山の勤めるベストクリニックは院長の方針でレントゲンは検査着使わず裸で撮影するのだ。この馬井製菓の検診でも若くて美しい女性が結構いたのだが、全部岩城が一人で楽しみ、里山はずっと運転席で待ちぼうけであった。
「あと25分。もう来ないよ。僕帰っていいですか?」
そう言いながら岩城は白衣を脱ぎ鞄を整理して帰り支度を始めた。
「岩城さん、何か予定でも?」
岩城はニヤニヤした。
「実はさ、受付の女の子と・・・」
「受付って馬井製菓の?」
「うん」
「あの沢尻エリカみたいな?」
「そうそう」
「そうそうってデートですか?」
「まあね」
いつの間にこの男は?最初に挨拶に行ったとき?いや違うな。エリカがこの車で検診を受けているときか?
「だって彼女まだ仕事あるでしょう?」
「それがさ、僕が帰るときに早退するって」
岩城はデレデレして目を輝かせた。検診行くたびに誰かを持ち帰りにするのか。今に痛い目に会うぞ。
「岩城さん最近早退多いですよね?クリニックにバレたらどうするんです?」
「里山さんが黙ってればバレませんよ。真面目な里山さんは絶対誰にもしゃべりませんって」
里山が呆れ顔でいると岩城は鞄から何やら取り出した。
「仕方ないな、じゃこれあげますよ」
それは透明な液体入りの小瓶だった。
「何ですか?これは」
「女性にプレゼントしてあげてください」
「香水ですか?」
「違います。気持ちよくするものです」
岩城はニコニコしている。里山が小瓶を覗き込み首を傾げていると岩城は里山の耳元で囁いた。
「アソコに塗ってあげてください。喜ばれますよ」
「アソコに塗る?喜ばれる?もしかして・・・」
里山はやっとどういうものかわかった。
「里山さん、使ったことあります?」
「いや、ないけど」
「いいですか?塗り過ぎ注意です。大変なことになりますから」
「何処で手に入れたんです?」
「そんなのいいじゃないですか。次回からは金もらいますよ」
岩城は笑いながら15時40分に検診車を降りた。
残りの時間をどうしようか。16時までやはりこのまま待機するしかないか。里山は諦めてフロントガラスから外を眺めた。どこまでも澄んだ青空で秋晴れだった。大気中を物悲しく枯葉が舞っている。深い溜息を一つつき、手元の缶コーヒーの残りを飲み干した。あと15分。こういうときは、なかなか時間が経つのが遅かった。それよりもし受診者が来たらどうするか?里山は技師ではない。ただの運転手だ。岩城はいつも検診が終ると嬉しそうに今日どんなにいい女がいたか、そしてその女のどこを触ったとか聞いてもいないのに勝手に説明した。そのときに機械の操作方法も話していたのだ。だから里山は大体のことはわかっていた。