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如雨露で世界は救えるか
【純文学 その他小説】

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如雨露で世界は救えるか-1

 世界を救うのだと彼女は言った。

「そんなところでジョウロを傾けても世界は救えないよ」

 そう言ってやれば目の前の少女はくるりとこちらを向いた。
ぐりぐりと怖いほど大きく青空を反射してビー玉みたいになった綺麗な瞳が印象的。
しかしそんな大それたことを言う彼女がしているのは、
ただただ屋上で水が満たされたジョウロを傾けてしとしととグラウンドを濡らすことだけである。
しかし一つじゃない。この学校ありったけのジョウロ全てがこの屋上という場所に存在している。
その全てのジョウロには水が満たされていた。

「問題はありません。世界とは私のことです」
「? 君は世界じゃないよ」

 そう言うと彼女は手にしていた空のジョウロを足元に置いた。
置いたと思ったのだがジョウロは自然落下を余儀なくされた挙句、グラウンドに落ちることとなった。
彼女が居るのは破れたフェンスの向こう側、地面のあるぎりぎりだから。

「人は世界を創り、所持しています。人の数だけ世界があります。世界は心です。分かりますか。君の世界は私の世界と交えますか」

 何だこの奇妙な少女は。それが第二印象。
つまりはこの子は屋上でジョウロを傾ける行為で自分の心を救っているということなのか。
そう聞いてみればイエスと答えが返ってきた。
なかなか自分の言葉を聞いてくれる人は居ないのだと言って嬉しそうに笑う。
そりゃあそうだろう。誰がこんな暑さで頭がイカれたような女と話がしたいものか。

「君は珍しい」

 そして少女は微笑んでジョウロを傾ける作業を再開する。

「ねえ」
「はい」
「そこにある学校ありったけのジョウロ、いっぱいの水をすべて消費して、それでも君の世界が潤わなかったらどうするの」

 言葉を発し終わった後に喉が詰まった。場の雰囲気ががらりと変わった。
そう思うと同時に少女はジョウロをそのまま手放した。表情は見えない。
吸い込まれるようにグラウンドに落下するジョウロ。
まるで決められた線に沿うかのように綺麗に落ちた。

「その時は、世界を創る世界から離れまたいずれ戻ります」
「世界を創る世界?」
「地球も世界……幾多もの世界を創る世界です。でもこの世界は広すぎる、広すぎます。離れても離れきることはできない、いずれは戻ります。別の形となって」

 余計なことを言った気がした。そのせいで彼女が消えてしまう気もした。
今この瞬間に、この足を踏み出して手を伸ばさなければ彼女が消えてしまう気がする。
そう頭で思うが早いか足が前へ出る。少女はまた振り返る。
優しそうな泣きそうな苦しそうな、どうでもいいような、なんとも言えない表情で。

「予定よりも早いですが行きますね。最後に君という世界と交えることができて私は、」

 それが僕が最期に聞いた名前も知らない彼女の言葉だった。
如雨露で世界は救えるか?そもそも世界って何だっけ。


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