煉獄の桜貝 ★-1
2006年 11月24日 金曜日 雨
午前零時を少し回る頃
日付をまたごうとするこの時間になっても、冷たい雨が止む気配は無く降りしきっていた。
明日…… の予定を忘れた訳では無かったが、長い入浴の時間を終えた恵利子は、家族の寝静まったキッチンにひとり佇む。
傍らにはあるティーカップからは、淹れたてのアールグレイが薫る。
そっと口に含むと意識が数日前へと彷徨いはじめる。
「お、おれっ、俺…… 磯崎さんの事、好きだから大好きだから、とても大切に想っている。ずっと、ずっと前からきみのことだけみて、想い続けてきた」
普段は自分を“僕”と呼んでるクラスメイト、不易一文(ふえきかずふみ)がこの時、自分を“俺”と呼称していた。
(感情の大きな揺らぎが見える……)
恵利子は紅茶を飲みながら、不易一文との出逢いの記憶をたどる。
初めての出逢いは、4ヶ月程前の7月25日、忘れもしないあの日。
“男”に長時間の関係を強いられた、更なる恥辱を強いられたあの日。
そして本当の自分が壊れはじめ、もうひとりの自分がハッキリと現れたあの日。
その帰り道…… わたし、泣いていた。
本当の自分に戻れても、もうひとりの自分がした事を思い起こし泣いていた。
(消えたかった…… 消えて無くなりたかった……)
その時、不易くんが現れた。
(消えて無くなってしまいたい私を止めてくれた?)
次の日、香さんが不易くんを家に招いた。
(なぜ?)
でも…… この日、不易くんとこころが、波長が触れた気がした。
そのあと何故か、一度だけ“デート”する事になった。
(なんでだろう?)
はじめてのデートは、きっと楽しかったはず? だと思う。
「解ってる、解ってるよ…… きみと居るとすごく緊張するし、正直、ちょっと疲れる。でも、それは…… 僕がきみにずっと憧れてて…… きみみたいに何でも上手に出来て、きれいな子は友達としても、僕にはとてもハードルが高いのは解ってる。だけど、少しの間でもいから…… 友達になりたい」
帰り際、わたしは何故かまた泣いていて…… その後、不易くんはそう私に言った。
(わたしは、もう…… きれいじゃないのに……)
次の日から不易くんは、今までよりもたくさん私に話しかけてきた。
そう、まったくまわりの事など気にせずに、はなしかけてくれた。
一度だけの約束だったけど、頼まれて頼まれて仕方なく二度目のデートをした。
仕方なくだったけど…… 楽しかった、楽しくて、ドキドキした。
それなのに帰り際、また泣いた、たくさん、たくさん、泣いた。
不易くんと居ると、何故か本当の自分がこぼれ出てしまうから……
だって本当のわたしを誰にも知られてはいけないから、お父さんにも香さんにも、もちろん汐莉や若菜、そしてそして誰にも……
わたし、わたし、大人の男の人と何回も何回もセックスしている。セックスさせられている。大人の男の人の言う事を聞かないと、レイプされレイプされて撮られた事が、みんなにバラされちゃう…… だからこれからも……
三回目のデートの時、不易くんと手が触れた、帰り際には手を握られていた。
すごく、すごく、どきどきした。
(ふぅ〜ん、どきどきしたんだぁ? あの“男”に何回も何回もマンコされて、ひぃひぃ言ってるあんたが、手ぇ握られた位でドキドキ? へぇ〜、ふしぎぃ〜?)
不意に内なる恵利子が嘲る様に現れる。
(やっ、やぁっ、止めて、そんな事言わないで)
ひとつの身体の中で、ふたつの意識が葛藤を始めるかに思えた…… 何故か内なる恵利子は沈黙する。
学校でもたくさんたくさん、おはなしした。
デート…… しても良いけど、時間が作れない…… 私が自由に出来る時間は限られ、限られている。
だから一緒に帰った。なんどもなんども、たくさんたくさん、家の途中まで帰ってお話しした。そしたら、あんまり泣かなくなった。
文化祭の準備、放課後の教室…… はじめてキスをした……
(はぁんっ、はじめて? はじめてじゃないよ! あんたのファーストキスは……)
再び内なる恵利子が嘲はじめる。
(…… お願い、お願いだから…… 言わないで)
恵利子が願う。
そして、不易くんに誘われた。
「家に遊びにおいでっ」
そう、誘われた。
(どうせその男の子も、あんたとマンコしたいだけだよ。家に行ったら待ってましたって、ぶっといキンタマ、突っ込まれ掻き回されて、ガバガバのヤリマンだってばれちゃうよ)
(……)
本当の恵利子は何も言わない。
(それにあんたはもう、あの男の物…… ん? いいえ、あの男が、もうあんたの“道具”なのよ。約束は果たされた…… のね。あんたのお母さんが言ってた通りね! あとはあんたが“選択”するだけ、あの男が干からびちゃうまえにね。それにそろそろ、欲しくなって来たんじゃないの? 今日あんた、飲みそこなったでしょ? きっとあいつ、わざとしたんだ。そうに違いない!)
内なる恵利子の毒舌が加速する。
(?)
賢明な恵利子は、もう自身と争うのは止めた。
もう何を言われているのか理解できないし、理解しようとも思えなくなっていた。
それより明日に備え、十分な睡眠を摂らなければならない。
その夜恵利子は、夢をみる。
見知らぬ男に犯され、犯され続けている日々が“夢”であったと……
そして自分は平凡な女子高生で、明日ボーイフレンドとデートをするのだと……
しかしこれより十数時間後、恵利子は知る事になる。
《何が現実で、何が夢なのかを!》
「磯崎恵利子 15歳の受難」 完
次章は続編の予告(試作版)となります。
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