選択(choose)-1
時間だけが無限にある様に想えた……
幾重にも幾重にも思考と記憶が絡み合い続ける日々。
それでも何ひとつ思い出せぬ感覚が…… 続く。
自分が誰に何をし、どうなったかさえ定かでは無い。
もしかしたら、全てが単なる夢であり錯覚なのかとさえ思える時もある。
(しかし断じてそんなはずは無い……)
と否定できぬ程に、今の俺の記憶は脆弱この上ない。
ふと気が付くと、傍らに見知らぬ老人がいた。
その風体から病院の関係者で無い事は容易に想像がつく。
朽木の様に枯れ果てた容貌は、方向性の全く違うそれを感ぜずにはいられなかった。
しかし不思議な事に危害を加えられる様な危険性は感じられず、どちらかと言えば身内に近いような懐かしささえ覚える。
(おまえさん、もういいのかい? きがすんだのかい?)
不意にそんな言葉が聞えた気がした。
老人の口元が動いた様子は無く、病室には他に誰も居ない。
「気が済んだって? いったい何の事?」
俺はそう老人に聞き返さずにいられなかった。
老人は薄い笑みを浮かべるだけで、俺の問い掛けに対し答えるそぶりはない。
代わりに老人の指先が俺の腕に触れ……
おそらくこの老人が今まで体験し目にした事全てが、映像(ビジョン)となって直接俺の脳に送り込まれて来る。
…… 膨大な量の映像が早送りで送り込まれて来る。
(どちらを願う?)
映像が途切れた瞬間、そう問われた気がした。
「どちら?」
反射的にそう口にしていたが、それが何か、何を問うているのか理解出来ていた。
(恵利子に逢いたい)
俺の中に恵利子の顔がはっきりと浮かぶ。
同時に意識が薄らいでいく事を感じる。
再び傍らを目にすると、先程まで居た老人の姿は無かった。
(死神)
不意にそんな単語が浮かんだ。
…… …… ……
…… …… ……
(ここは? 病室では……ない!? ここはいったい、どこ?)
周囲を見渡したいが、何故か視界を自分の意思で変える事が出来ない。
それでも今自分が置かれているのが、周囲の状況から“教室”であり“授業中”である事が、徐々にではあるが理解出来た。
それともうひとつ…… 自分が何かの中の一部分であり、パーツ?部品の様に感じられる事。
不思議な感覚である。
《不易一文(ふえきかずふみ)、それが今日よりのお前の名だ》
病室に居た老人の声が再び聞こえてくる?
いや違う、これは声では無く、直接脳に届く信号!
《いや正確にはその一部だ。おまえさんもすでに感じているんだろ? 今はまだ不易一文(ふえきかずふみ)のほんの一部の存在にしか過ぎない。そしてこのままいけばその一部も全体に吸収され同化する。そしてその時おまえさんの意識、存在全てが無と化す。》
突然の事に理解の許容範囲を超え、頭が混乱する。
《おまえさんは、願ったはずだ! そしてそうなっただけの事。いいから良く聞くんだ。一度しか言わないから、良き聞いて理解しろ! これはおまさんにとって重要なこと》
老人の語気が強まる。
聞き返したい事は沢山あるが、それが出来ぬ事と何故か自然と察する。
《ほら、おまえさんの願いだ》
その時、俺の属する全体像の視線が、ひとりの少女を捉える…… っと言うより一瞬チラ見する。
しかしそれが誰であるか、おれは瞬時にに認識する。
(えりちゃん? 恵利子!?)
ハッキリ認識しながらも、一瞬戸惑いを覚えたのは恵利子の容姿故である。
俺の認識する恵利子より、幾分幼く思えたからだ。
どれだけ俺が病院に入院していたか解らないが、汐莉との最後の“交わり”から言えば恵利子は、現在少なくても高校三年生以上のはずである。
いや入院期間を冷静に分析すれば、高校を卒業していてもおかしくない時期である。
にも関わらず“視界”が捉えた恵利子は……
(これはまだ、あの時の恵利子だ!)
恵利子に出来た“彼氏”の存在を母と姉の会話から偶然知り、俺が嫉妬に狂い始めたあの時に違いない。
そう、その事を知りたくて姉の家を訪ね、恵利子の妹汐莉とゲームの相手をした時。
《正解だ。これでおまえさんの存在がほんの僅かだが……》
(!?)
《おまえさんはまだ不易一文(ふえきかずふみ)と呼ばれる少年の意識のほんの一部にしか過ぎない。そしてこの少年もまた、おまえさん同様その少女を想い、深い想いを寄せている。もう解るだろう? おまえさんは、そんなに鈍くは無いはず。あとはおまえさんの…… 想い次第。しかしこれも忘れるな! 仮におまえさんの想いがその少年に勝っても、それは始まりにしか過ぎない。その少女を狙う者は、すでに他にもおる。そして…… ひとりだけでは…… ない》
俺の疑問全てに応えるかの信号が送られて…… 途絶えた。
それでも…… 見知らぬ教室で、俺は“再び”目覚め、恵利子にめぐり逢う。
「汐莉 愛姪調教 11歳の誘惑」 完
白色金(white gold)は金をベースとした合金であり、原子番号78 白金(platinum)とは全く異なる金属である。
そして物語は、「白色金(white gold)」 へ とつづく
http://syosetu.net/pc/book.php?pid=book&book_no=6697