サイコパス診断-1
「――ホントウの悪魔とは、自分を悪魔と思っていない人間を指して言うのである――」
夢野 久作 「鉄鎚」より
*
濡れた髪をタオルでかき回しながら、ドアを開ける。
「お帰り〜。…どうだった?」
ベッドに寝転んでパソコンをいじっていたアユミが、俺に聞く。
「どうって・・・気持ちよかったけど、普通に。さっぱりした。」
ヒトん家(ち)のシャワーを使うなんて滅多にないけど、シャワーはシャワーだ。そんなに変わるわけがない。
「ふふ、だよね。」
なんてことはない、他愛のない会話。それがどこかぎこちないのは、ここが彼女の家の、彼女の部屋だからだ。
――アユミとは、大学に入ってから知り合った。同じサークルのひとつ下の後輩で、今では恋人どうし。
そのアユミに、家に誘われた。下宿住まいの俺とちがって、彼女は今でも実家暮らし。まだ両親に紹介される間柄でもなし、家に呼ばれることなど想像もしていなかったのだけど。
――今日、あたしん家(ち)、誰もいないんだよね。
つまりは、そういうコトだった。
こんな事なら、こっちからビシッと誘えばよかった…という後悔がないわけじゃないけど、据え膳食わぬは何とやら、俺は期待に胸膨らませ、シャワーを浴びてきたところなのだ。
ヴヴヴヴ・・・・
アユミの脇から、くぐもった音が響く。
アユミはケータイを取り上げて、うんざりしたように顔をしかめた。
「は〜、またノゾミからだよ〜…『今、何してるの?』だって。お願いだから空気読んで〜!」
そうは言いながらも律儀に返信するあたり、アユミはいいお姉ちゃんだと思う。まぁ‘姉’といっても、アユミの方がほんの少し、早く生まれただけなんだけど。
「そう言えば、ノゾミちゃんはどうしたの?」
「上手いこと言って、友達ん家(ち)に泊まらせに行ったんだけどね〜…でもコレ絶対、気づいてるよな〜・・・・」
ノゾミちゃんは、アユミの双子の妹だ。同じ大学に通っているから、俺も何度か会った事がある。
一卵性双生児というヤツで、初めて見た時は正直驚いた。実は今でも、二人一緒じゃないと見分けがつかないことがあるのは、アユミには内緒だ。
「さっきからひんぱんにメールしてくるし…これ絶対、妨害工作だよ〜」
「いやいや、それはないだろ…」
いくらなんでも、姉の恋路をジャマするほどヒマじゃあないだろう――
でもそう言った俺の顔を、アユミは呆れたように見つめ返してきた。
「・・・・はぁ〜〜」
そして、大袈裟にため息をつく。
「…なんだよ?」
「男の人って、やっぱそういうトコ気づかないんだなぁ…」
「・・・だから、何が?」
「はぁ〜〜〜」
さらに大袈裟にため息をついて、アユミはケータイに向き直った。
「なんかちょっと腹立ってきたから、『今からシャワー浴びま〜す♪』って返信してやろ。うりゃ〜っ」
よく分からないかけ声とともに、アユミの指がケータイの上を滑り、止まる。どうやら返信は完了したらしい。
「じゃ、そういうわけで…シャワー、浴びてくるね・・・?」
不意に、湿り気を増した声で囁いて、アユミが脇をすり抜ける。そしてそのまま、部屋を出ていった。
「・・・・・・。」
こうなると完全に手持ち無沙汰だ。自分で言うのもなんだが、アユミはかなり可愛い。そのアユミと、ほんの数十分後にセックスできると思うと、頭もムスコも気が気じゃなくなってきた。
・・・ダメだ、これは何とかして落ち着かないと。気を紛らわそうと、つけっぱなしのパソコンを勝手に借り、適当にネットサーフィンしてみる。ここはあえて、ホラー系の動画とか見てみよう。
何本か流し見ているうちに、‘サイコパス診断’というのに行き当たった。
‘サイコパス’とは、良心が極端に欠如した、欲望のためなら人殺しもやらかす異常者の事らしい。
その動画では、いくつかの質問に対して、常人の回答とサイコパスのそれとを順に紹介していた。
「ハハ、そんな回答、普通思いつかねえって・・・・」
しょせんはネットに流れる噂だ。この診断で、本当にサイコパスが分かるかなんて甚だ怪しい。自分がうっかりサイコパスの回答をして、思わず笑えてくる時もある。
でも俺は、何か妙な魅力を覚えて、アユミとの事も忘れ、しばらくその動画にのめり込んでいた。