光の風 〈黒竜篇〉-10
屋根に突き刺さったままの剣を千羅は抜き、カルサの前に置いた。カルサは自分の両手を見つめる。
「…あいつは、何もしていないよな…。少しリュナが危険な目にあっただけで、昔もあいつは何もしていない。…何も。」
千羅はカルサの頭を上から押しつけ俯かせた。気のせいか、雫のようなものが一粒落ちた。
「…それでも、邪竜に犯された者は放っておけはしない。」
「しかしっ!あいつは…あの時邪竜には犯されてはいなかった!亜空間に閉じ込められた年月の中で魅入られただけ…積年の恨みから生まれただけだ…っ!」
あの時、玲蘭華の手によって亜空間に閉じ込められたフェスラ。あれは事故だった。しかしその事故から気が遠くなるような月日を暗闇だけが生きる世界に放り出された。
「でも、カルサ…これは使命だ。オレたちは邪竜が世に出るのを防がなくちゃいけない。」
「分かっている!」
千羅の言葉にカルサは思わず叫んだ。この理不尽な思いを叫ばずにはいられなかった。
「分かっている…その為にオレはここにいるんだ…。」
カルサの目には怒りが宿っていた。それは憎しみにも近い。
《玲蘭華のさしがねか!》
フェスラの言葉が頭の中をめぐる。その名前を聞くだけで拳に力が入った。
「千羅…動きだしたな。」
「はい…。」
「…破滅か、破壊か。オレには二つの道しか用意されていない。」
カルサは剣を手に取り立ち上がった。もうすぐ夜が明けようとしている。
明るくなりつつある空を眺めてカルサは呟いた。
「…結局、オレはなんだ?」
「リュナには…話されますか?」
少し考えた後、カルサは、ああ。と頷いた。深い闇からぬけた景色は光に包まれる。
太古の王国オフカルスでも同じような朝日だった。平和な日常、その生活は一人の女性によって砕かれた。
その女の名は玲蘭華(りょうらんか)。
今、この世界は彼女によって支配されていた。
「太古からの因縁が…とうとう明るみにでましたね…。」
「火の力が必要だな。…探せるか?」
「探してはみますが…必然的にこちらに向かってくるのでは?」
「…そうだな。とにかく頼む。」
厳しい表情が続く。黒い煙は光に消えた。カルサは手を伸ばし空を掴む。
「…この世界なんて…どうでもいい…。」
小さく呟いた。
「…そう、言えたらいいですね…。」
カルサは微笑み剣を消した。心地よい風が二人を吹き抜ける。
闘いは、夜明けと共に幕を開けた。