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彼の去ったホテルの中、女はシャワーを浴び、呟いた。
「可哀想な人」
彼の去ったカフェの二階にある部屋の床で、男と女が裸で抱き合いながら話していた。
「なんで諦められないんだろ?」
「それは、あいつが心を奪われてるからさ」
彼が残した彼女は傘をさして家に帰る道中、呟いた。
「仕方ないよ、彼は彼だから」
降る雨さえ見えなくなった夜に、彼は京都行きの切符を手に、新幹線を待っていた。
駅のホームには彼独り。濡れ鼠のような彼独りが佇んでいた。
静かな走る音がして、新幹線が到着し、彼の丁度前で扉が開く、彼はその扉をくぐり、自由席になっている車両の、後ろから二番目の右の窓側に座った。他に誰も載っていなかった、彼は溜息を吐いて、すっと眼を閉じた。
すると、突然声が聞こえる。女の声だ。少しかすれているのは小声だからか、彼の名を呼ぶ声がして、彼の顔にハンカチを被せ、雨を拭いていく。
「ねえ、どうしてここにいるの?」
彼は眼を開き、彼女の顔を見る。茶色の髪を後ろで縛って、一重の綺麗な眼をして、小さな鼻が魅力的で、薄く微笑った唇をした彼女の顔を懐かしく思った。
「ここにいたんだ」
彼は泣き出しそうな眼をしたが、それは寸でのところで笑顔に変わった。彼女は優しい微笑みのまま、ハンカチで彼の顔や頭髪や、シャツを拭った。
「ありがとう」と彼は言った。
彼の眼が覚めた。彼は不意に全て夢だったのかと思った。でも彼の手のひらの中には、ハンカチが握られていた。彼は笑い、新幹線は、暗く、それでも緑の光に導かれて、彼女のいる場所へ向かっていた。
「君に会えてよかった」彼は呟いた。