甘い口溶けを貴方と…-5
「やった! じゃあ早速行こ!」
「ちょっ、危ないって転ぶって」
否応なしに純一の腕を取り、生徒玄関方面に歩を進める梓。
緊張を隠すため、とは前述したが、これは聊か積極的すぎる。
(確かに真奈に言われた通りになってるけど……)
そう、この純一に誘いをかけるところも、実は真奈のアドバイスに基づいたものだ。
正月に四人で行った神社で、梓が引いたおみくじの結果に従って立てたプランだ。真奈曰く、『ベストプランだからね!』だそうだが。
(ほっぺが熱いよ……)
梓の小振りな愛らしい頬は、薄桃色に染まっている。やはり恥ずかしいようだ。
学校から歩いて十分、そこから地下鉄を使ってもう十分。二人が辿り着いた場所は、県内最大の駅ビル。
県庁所在地の駅ということもあり、ここ数年間に行われた大々的な新都心計画によって、駅周辺の景観が様変わりしたのは記憶に新しいところ。
その中の目玉として建てられたのがこの駅ビル。大手デパートが新規参入を果たしたり、ショッピングモールが拡大するなど、一大産業施設となったのである。そんなところに梓は純一を引き連れて来た。
「で、用事は何だ?」
「んーと、一先ずショッピングね」
二人はショッピングを始めた、と言っても物は買わないウインドーショッピングだが。
それにしても、バレンタイン当日だというのに、まだまだチョコなど、“恋”の商品が立ち並んでいる。売り物だけではない。向かい側から来る人たちも、店に入っている人も、見ればカップルばかり。確かに定番と言われるスポットである。
さて、一通りフロアを見て回ったあと。化粧室から出てきた梓は、入り口辺りのベンチで待っていた筈の純一が居ないことに気付く。
「あれ、純一?」
少し早歩きになりつつ店内を見渡すと、さっきまでいた店から出てきた純一の姿が見えた。
「ちょっとぉ、勝手にフラついてこんなとこに来てたの?」
ちょっとだけ立腹気味に話しかける。
「あ、梓!? 悪い悪い、ちょっとな」
純一はひどく慌てた様子だ。滅多に取り乱さない純一にしては珍しい。
「ところでさ、後は何もないのか?」
「じゃあ、あそこに行こうよ!」
「“あそこ”って?」
「いいからついてきて!」
梓は再び純一の腕を取り進んでいった。
「ここだったのか」
純一が感慨深げに辺りを見回しながら呟く。
先ほど、駅ビルの改装について話したが、今二人がいるところはその改装により新しく出来た展望台である。
新しくオープンした駅直結の全日空ホテルの更に上層、地上50階の高さに作られたこの展望台からは当にあらゆる物が見える。この展望台には、展望レストランやカフェなども入っている。
デートスポットなのは自明である。
「そんなに改まってどうした?」
そうして二人がやって来たのは、そのカフェだ。当然ながら此処もカップルで席は埋めつくされている。
「──やっと私の順番みたいね」
終に決着が、などというと大袈裟かもしれない。だが梓の心境はまさしく勝敗をつけようとするファイターのようである。
靴箱から溢れでたチョコを見た。休み時間ごとに呼び出される彼の姿も見た。あまりにショックで折角作った自分のチョコを渡す気力も無くなりそうだった。
でも、親友の励ましや助けを受け、今こうして彼と一対一で話す機会が得られた。