甘い口溶けを貴方と…-4
「なんだ、隼斗か」
「『なんだ』とは御挨拶だなぁ。折角お前が珍しくダレテるから見に来てやったのに」
彼の名は小松島隼斗【こまつじま・はやと】、純一とは幼稚園からの馴染みで、現在は部活も同じ野球部に所属、だが中学時代のある“事件”のせいで野球に対する熱すぎる情熱は消えてしまっている。今野球部に所属しているのは、そんなダラケてしまっている隼斗の姿を見ていられなかった他でもない純一が、無理矢理に入部させたのである。
そのある“事件”についてはまたの機会に話すとしよう。
「なんだか知らんが、今年はモテモテだな、純一クン」
隼斗には珍しく人を嘲るかのような口調だ。
「黙ってろ……、まったく、朝の靴箱なんてヒドかったよ。なんで俺なんかが」
純一は周りの人たちには凄く気を配る人間だが、自分のことになると途端に鈍くなる。この性質と誠実な雰囲気故に純一はモテるのだが。
「どうでもいいけど、お前はどうするんだ?」
「どうするって、何が」
「梓ちゃんだよ」
隼斗に言われてふと梓の席を見る。が、そこで純一の視線は一点で固まってしまった。
そこには普段の様子とはまるで違い、すっかり元気さ陽気さを失くした梓の姿があった。
「はぁ〜……」
梓もため息をつく。
朝といい休み時間といい、純一のモテっぷりを目のあたりにすると、流石の梓も、うちひしがれる他ない。
確かに今までに『中野くんって良いよね』というようなことは耳にしていたが、まさかここまでモテるとは思わなかった。 昔から純一は皆に優しくしていたので、それも納得ではあるのだが。
「ちょっと、梓が暗くなってちゃダメでしょ!」
そう言って梓の肩をバシバシと叩くのは、梓の幼なじみの伊藤真奈【いとう・まな】である。
いろいろと幼なじみが登場してきたが、前述の4人、純一・梓・隼斗・真奈は幼なじみなのだ。
「真奈〜……、私どうしたらいいの?」
背後で引き戸の開く音がした。後ろの方を振り返ると純一の姿は見当たらず、いるのは隼斗だけであった。どうやら外のロッカーに授業道具を取りに行ったようだ。
それを見計らって真奈は梓に話を切り出す。
「自信持たなきゃ。朝だって“夫婦”で登校してるのに」
「夫婦って……」
「大丈夫だって。私が保証するから!」
真奈が満面の笑みを浮かべる。その笑顔を見ると、だんだんとまた元気が出てきた気がする。
「じゃあ、放課後に渡そうかな!」
「なら、私がいいプランを用意してあげよう!」
自分の胸をドンっ、と叩く真奈。その様は当に、頼れる“アネゴ”である。
「ホント? ありがとう!!」
喜々とした表情の梓。この時、真奈と隼斗が目を見合わせ、にっこりと笑っていたことに、純一は勿論、梓も知る由も無かった。
校舎に放課を告げるチャイムの音が響き渡る。ここの学校は65分を一コマとした5時間で授業を行っている。
それはさておき。
梓は意を決して帰り支度をしている純一の元へ向かう。今日は野球部の活動が休みであることはもう分かっている。そこで真奈発案のプランに従って、純一を連れ出そうという算段である。
「純一〜!」
胸の内に潜む微かな緊張感を振り払うため、努めて明るくふるまう。これを悟られては台無しである。
「あぁ、梓か。どうした?」
「あのね、今から一緒に来てほしいところがあるんだけど……、良い? 良いよね!? ね!?」
「あ、ああ。良いけど」
思わず胸奥でガッツポーズを決める。半ば強引な手法であるのだが、それでも嫌な顔一つせずに応じてくれる。この優しいところが好きだなぁ、と秘かにノロケてみる梓である。