第九話 杉野と北沢 土嚢とリヤカー-3
「あーあ。砲陣地の構築だって? こりゃ、外れ任務じゃないか?」
陣地構築の手配書を見た北沢がぼやく。先ほどのやる気は一体どこへ行ったのだろうか。
「軍曹殿。さっきかなり張り切ってませんでしたか?」
やはりジト目で大井が北沢を見る。その視線から逃げるように、北沢は視線を海に向けていった。
「あーあー。大井ー。やる気が溢れてきたー」
微塵もやる気を感じない言い方だった。
「北沢軍曹! 貴様がそれじゃ、下級兵士に身が入らんじゃないか。 しっかりしてくれ」
後ろから声がして振り返ると小隊長が立っていた。北沢は急に顔を真顔に変えて言った。
「はっ! 小隊長殿! 北沢、やる気を出します!!」
北沢は敬礼をして思ってもみないことをぬけぬけと言う。もちろんやる気などほとんど出るわけ無いのだが、小隊長は北沢の言葉を聞いて満足そうに立ち去って行った。
「やっぱ若いですね。あの小隊長は。あれぐらいのウソは見抜けないと」
黙ってやり取りを見ていた大井がニヤニヤしながら言った。
「仕方ない、まだ実戦を経験してないからな。兵士の扱いがまだまだだな」
北沢の小隊長は、士官学校を卒業してすぐに部隊配属されたホカホカの新品少尉だ。もちろん実戦経験などなく、本人もそのことを気にしていた。北沢は当初、これは扱いやすいと軽く見ていたが、小隊長は努力家だったようで、小隊を拙いながらも統率しようと苦心していた。それを感じ取って以来、北沢は小隊長に好意的に協力するようになっていた。どうやらこの髭軍曹は、なかなか情に厚い性格の様だ。
北沢は自分の両頬をパンパンと二回叩いてから伸びをした。やる気をだしてやらないと、進むものも進まない。
「じゃあ、小隊長に免じてやる気を出してやるか! おら、行くぞ北沢分隊!」
「はい!!」
「おお!」
北沢の号令に分隊員の面々が元気よく応える。上が元気だと下は自然に付いてくるものだと髭軍曹は十分心得ていた。