第八話 常夏の陣地構築-1
翌日、起床ラッパとともに杉野と今野は営倉から解放され、今野は、使用した寝具を手早く片付け、挨拶もそこそこにして、駆け足で自部隊の営舎へ帰って行った。杉野の方も、寝具を片付け、駆け足で自部隊の兵舎へ向かう。
「えっと……お、たしかこの部屋だったな」
あらかじめ三井少尉から聞いていた、部屋の番号を見止めて引き戸の前に立った。
「杉野伍長、入ります!」
三回のノックのあと、杉野は一等兵の頃以降、言わなくなった入室前の報告を掛け声代わりにして、しっかりとした手取りで戸を引いた。
引き戸が下のレールに案内され、ガラガラと音を立てて開かれる。
室内の皆の顔が杉野に注目されていた。全員、示しあわせたように目を見開いて、口をあんぐりと開けている。
無理もない、死んだと思われていた人間が帰ってきたのだから……
「ご、伍長殿!? ご無事で!」
左頬に擦り傷を付けた笹川が、信じられないと言うような顔で駆け寄ってくる。
「ぁ……」
河田は声にならない声をあげた。彼はどうやら無傷のようだ。
そのほかの分隊員たちも驚きを隠せないようにざわめいた。
「落ち着け、お前ら。まずは伍長殿に敬礼だ。」
片野上等兵がざわめく皆を制止する。彼は左目に眼帯を付けている。
最上位の片野を右側に、分隊員全員が横一列に整列して一斉に敬礼をする。
杉野も同様にビシッと敬礼をし、少し茶目っ気を含んだ言い方で言った。
「杉野伍長。かくかくしかじかありましたが、生還いたしました!」
分隊内の全員の顔は驚きの表情から、嬉しさを隠しきれない笑顔、そして引き締まった顔へと変わる。
杉野が敬礼を下ろすと、皆も続いて腕を下ろし、気を付けの姿勢をとる。
杉野は、自分のいない間、分隊をまとめてくれていた片野へ声を掛ける。
「感謝するぞ、片野。しっかり分隊を率いてくれたんだな」
「伍長殿には敵いませんが、お褒めにあずからせていただきます!」
片野は、姿勢はそのままで頭を深々と下げた。
「佐伯兵長と山江上等兵、三島一等兵の姿がないが……」
杉野は真顔で片野に耳打ちで聞いた。
「はい。佐伯兵長殿、山江上等兵、三島一等兵の三名は戦死されました。」
「そうか……」
杉野はわずかに顔を曇らせた。
佐伯兵長は、杉野の階級から一個下だったから、分隊の副隊長のように務めてもらっていた。山江も三島も大切な分隊の一員だった。
だが、そこは職業軍人の杉野、感傷はすぐに頭の隅へ押しやって顔を引き締め、声を張った。
「杉野伍長、只今より、再び分隊長を務めさせてもらう。また皆、俺についてきてくれ!
「はっ!」
再び敬礼をし合う。笑顔の皆が、再び引き締まった顔へ変わる。
手ごたえ、よし。人員は決して無視できない損害を受けたが、この分隊は十分敵と戦える。そう杉野は確信した。