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サイパン
【戦争 その他小説】

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第七話 営倉の夜-4

「そういや……貴様の上さんは元気だったか?」
 今野が、両手を頭の下で組んで寝ころびながら杉野に唐突な質問をした。
「あぁ……元気だった」
「出征のとき、泣かれたか?」
「うん……」
 智子の泣き顔が脳裏に浮かぶ。
 泣き顔を見たとき、自分はこの泣き顔含め、智子のすべてが好きで、命を懸けても守りたい、なにがなんでも、たとえ自分が死んでも守ろうと心に誓ったのだ。
「泣いてくれる女がいるとは羨ましいもんだぜ。写真……持ってんだろ? 見せろよ」
 にやけ顔の今野が、座っている杉野の背中を小突いて催促する。
「汚すなよ」
 胸ポケットから写真を出して今野に渡す。
 写真は、背嚢や軍服などが重油で黒く薄汚れたのと同様に汚れてしまったものの、破れることなく、杉野の軍服の胸ポケットにしっかり入っていてくれた。
「かぁーっ! 相変わらず美人だよなぁ。俺もこんな暑苦しい島に来る前に結婚しとけばよかった。悔しいぜ」
 今野が心底悔しそうに言った。
「真面目に見合いをしないからだ。お前も見合い話の一つや二つ、あったんじゃないのか?」
「俺は自由恋愛がしたかったんだよ。メリケン風に言うと”ふりーだむらぶ”ってやつだ」
 その”ふりーだむらぶ”もとい、自由恋愛は当時一般的ではなく、ほとんど親が相手を勝手に決めた見合い結婚で、自由恋愛なぞは富裕層のごく一部に限られていた。
 米農家の次男坊という、平均の見本のような家庭に生まれた今野が、自由恋愛に憧れるのも無理はなかったかもしれない、しかし、恋愛が成就するのは別問題であり、非現実的であった。
「それでもやっぱり、妻帯は持ちたいもんだぜ」
 今野は写真を杉野に返して言った。
「そのうち出来るさ」
 ついに杉野も寝ころんで、励ましの言葉を言い放った。
「だといいがな」
 今野は杉野の励ましを話半分といった感じで受け止めた。

 やがて、就寝ラッパが営舎内に鳴り響く。
 二人の営倉入り伍長は、どちらが先にということもなく深い眠りについた。


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