第七話 営倉の夜-3
ふぅ……と二人はほぼ同時にため息をついて、座り込んだ。しかし、すぐに今野はだらしなく寝床に寝ころんだ。杉野も寝ころんではいないものの胡坐をかいて座っている。
本来、営倉に入った者は、就寝ラッパまで正座していなくてはならないのだが、姿勢を崩していても、黙認される場合が多々あった。今回もその御多分に漏れず、鬼軍曹は黙ってくれていた。
「あの鬼軍曹の”びんた”も効いたが、憲兵少尉のは二度とごめんだ」
杉野は憲兵少尉からの制裁を思い出して身震いした。
「ふっ……俺は前原のアレは今日ので三度目だぜ」
自慢するなよ……と、心の中で杉野は今野に向けて毒づく。
「前原憲兵少尉って言ってな、強烈な”びんた”で有名なんだよ。たしかキスカ帰りだったはずだぜ」
キスカ帰りとは、アリューシャン列島のキスカ島守備隊の事で、昨年七月に撤退作戦が実施され、守備隊全員が欠けることなく撤退に成功したことから「奇跡の作戦」として大きなニュースとなった。
「けっ。一生歩兵やってりゃいいのに憲兵なんぞに志願しやがって、迷惑極まりないぜ」
今野は忌々しそうに毒づいた。しかし、すぐに自らの言葉を返し、肩をすくめて言った。
「まぁ……あれはあれでいい憲兵殿なんだがな」
「どっちなんだよ」
「いや、ほら。キスカでの生活を知ってるからさ、俺ら島の守備隊は少し多めに見てくれてんだよ。ほら、お前も入浴を許可してもらっただろ。普通ならそんなことさせてはくれないぜ」
確かにそうだ。本土や中国の憲兵はいつも威張り腐って嫌な奴ばかりだった。それに比して、前原憲兵少尉は眼光こそどぎついものの、嫌な雰囲気を一切感じなかった。
ここの島の憲兵隊はどうやら当たりのようだ。
「あ、そうだ。貴様、弁明するとき、俺の事”今野上等兵”などと言ったな」
「あぁ、すまん。昇進してたんだな」
「当たり前だぜ。死ぬまで上等兵や兵長みたいな湿気た階級じゃ、やる気が起きねぇよ」
今野は襟に縫いつけてある、伍長の階級章を見せつけながら言った。
いやいや、どの階級でも真面目にやれよ。と、思ったのは杉野だけではないはずだ。