あなたは調教士(1)-1
燦々と光が射し込む白いバルコニーで、その女性は長椅子に仰向けになり、すうすうと寝息をたてていた。
長身で、端正な顔立ち。すらりと長い脚は、半分組んだような形だ。あちこち跳ねた短い髪は茶系統だが、光の加減で金色に透いている。
そしてその、こんもりと見事に盛り上がった胸は、無防備にはだけられていた。健康的な肌は、立体的でやわらかな曲線美の陰影を織りなし、そして暗がりの奥行きへと繋がっている。まるで、あなたを誘うように。
しばしの逡巡の後、あなたはそっと、その豊かな胸に手を伸ばした――‥‥。
その日の朝、小さい地震を感じてあなたは目を覚ました。シングルベッドにひとりきりだった。ここでは、こういう微震は日常的にある。
ここは、あなたの
今日が仕事始めだった。気合を入れなければならない‥‥のだが、どうも自信が持てない。
仕事が嫌なわけではない。むしろ嬉しい仕事だ。
あなたが元の世界では、まず考えられない仕事だ。
まして、あなたの環境では。
しかし‥‥。
あなたはよけいな考えを振り払うと、上がけのファスナーを外し、身体を滑らせるようにして出すと、ベッドに腰かけようとした。
身体が、ふわっと浮いた。
――「調教士」とは、耳慣れない用語だろう。あなたの職業名だ――。
あなたは、部屋に用意されていた朝食を簡単にとり、身支度を整えた。
「“‥‥‥‥”!」
廊下を「歩いて」いると、あなたを呼ぶ少女のような可愛い声がした。
「歩く」といっても、この低重力下では、壁の「ムヴグリ」(
あなたが履いているのは高機能の
練習はしたのだが、子供の頃から使っているここの住人のように使いこなすことができず、いまのところ普通の靴として使っているのだ。
振り向くと、予想通りの声の主はやはりムヴグリを使ってきていて、それから手を放すと、ぽんとあなたの目の前に立った。着地と同時に一瞬、腰のあたりに手をやって。
この動作がマグネット靴の操作で、彼女たちはほとんど無意識にこれをやる。
ここで覚えなければならないことは、たくさんある。正直、面倒くささもあるが‥‥。
だが、それでも大事な目的がある。それは、あなたがいま目を奪われたもの。
着地と同時に、服の上からでもはっきり見えるほど大きく揺れた、彼女の巨乳だ。
正確には、彼女の、ではない。彼女を含めた女たちの、だ。
むしろ、彼女は最終目標ではない。最終目標、それはおそらく‥‥と、至近の巨乳を見つめながらあなたが考えていると‥‥。
「なに見てんの」
あなたをもっと至近で見つめる瞳がぐんとアップになった。
「な、なんだよ。そんな顔近づけんな」
あなたは思わず、身体を離す。巨乳の先が一瞬、むにゅっと自分の胸に触れた気もした。まったく、ここの女たちは恥じらいを知らない‥‥いや、こいつがそうなだけなのか。
彼女の名はミドリ。ミドリ・オリョーフ。正確には「ミ・ドリ・ハイディ・オリョーフ」というようだが、あなたはそう呼んでいる。
丸い顔。赤系統のベリーショートを、顔の輪郭と同じ、少年のような丸いヘアスタイルにおさめている。ボーイッシュというのとは少し違うが、口調もあって、あまり女女した感じはない。胸を除いては‥‥。
淡いクリームの地球で言うシャツに、濃紺の厚手の軍服をラフに羽織っているのだが、そのシャツの胸のあたりは、こんもりといい形に盛り上がっている。地球で言うところのランニングシャツだが、ここでは、そういう言い方をしないようだった。
これでも、通気性等つけ心地は工夫されているが、締めつけるようにきついらしい合成樹脂製の特別なブラジャー、通称「拘束ブラ」をつけて、サイズはかなり小さく見えるようになっているはずなのだ。この拘束ブラは、いわゆる「着やせ」を強力化、明確化したものだと言えるだろう。
つけて――いるはず、と言えるのは、別に着用が義務づけられているわけではなく、シャツは軍の備品らしく透けて見えるようなものではないが、今日これから赴く場所のことがあるからだ。
こいつの本当のサイズは‥‥とあなたが思い巡らしていると、また彼女――ミドリ・オリョーフが言った。
「だから普段から見ないでよ」
さすがに胸を手で覆うようにしながら、頬を赤らめて口を尖らせる。仕草は可愛い。この口の利き方さえなければ。そしてふくらみは、到底そんなまねで隠せる大きさではないのだ。
「いくらおまえに調教してもらうからって、それは仕事、いや任務なんだからな。それ以上の関係じゃないからな」
「‥‥‥‥」
むむむ。
「行こう。――後ろからじろじろ見んなよ」
あなたはミドリの後について、再びムヴグリで移動を始めた。必然的に、ミドリのヒップを眺めながらになった。このヒップも捨て難いが、こいつは、いや彼女たちの魅力はやはり‥‥。背後から見ても見えるような‥‥。あれでも拘束ブラジャーをつけて、実際よりサイズはかなり小さく――あれを後ろから思いきり鷲づかみに――‥‥。
ドン!
ぶつかった。ミドリ・オリョーフが不意に止まったのだ。
「だから見ないでねって。そんなに気になる? わたしの胸が?」
気になる。いや、最初に見ていたのは尻だが‥‥とは言えなかった。