第一章-3
さて、六ツ時。吉原の夜見世が始まる。
たんまりと金子を所持したお大尽から、登楼しないで遊女を見物するだけの素見まで、様々な飄客がごった返す中、剃髪の男が引手茶屋の男を先導にして久喜万字屋を目指していた。
当時、頭髪のない者といえば僧侶か町医者が相場だったが、この男の生業は絵師だった。名を歌川貞元という。吉原の大見世で遊ぶのは大身旗本の若殿様とか幕府の御用商人の旦那とかいった有得者(金持ち)がほとんどだったが、貞元は美人画が当たり、最近、足繁く天下の色里へ通っていたのだった。
「おっ。貞元の旦那、いらっしゃいませ」
見世の前で客引きの牛太郎に声を掛けられる。絵師は鷹揚に頷き、久喜万字屋の暖簾を潜る。そして、遣手のお滝の取り持ちで月汐の部屋へと上がる。
「おや、貞元さま。またのお越し、ありがとうござりいす」
番頭新造の九重が頭を下げるのに笑顔を返し、禿のはなみが用意してくれた座布団に座る。さっそく煙草盆、硯蓋(すずりぶた:口取肴を載せたもの)、吸物が用意され、振袖新造の初音の酌で盃を傾ける。女芸者三人、男芸者(幇間)二人が現れ座が盛り上がる。台の物(仕出屋から届く料理)も運ばれ、宴の用意が整う。そこへ、
「貞さま、今夜はよく来ておくんなんした」
花魁、月汐が現れ賓客の隣に座る。女芸者たちは三味線・鼓の音曲で心躍らせ、男芸者は剽げた踊りで愉快にさせる。そうして一通りの余興が済むと、九重が目で合図して芸者衆が退席し、廓の若い者が場を片付けて、月汐と貞元が二人きりになる。
「なんだ。思ったよりも顔色がよさそうじゃないか」貞元が帯を弛めながら言う。「間夫に逃げられ、世をはかなんで身投げでもするかと思っていたがな……」
「おや、間夫だなんて、そんなもの、わっちにはおりいせん。おったためしもありんせん」
「そんなら、わしが間夫になってやろうかの」
「ぬしさんに間夫は無理でござりいす。絵のために吉原(ここ)の女をとっくりと見ているだけあって、なかなかに通でありんすが、しっぽりとした間柄となると、とてもとても……」
わざと大仰に首を振る月汐を笑って見やりながら、貞元は帯を解いた。
「まあ、間夫は諦めよう。だが、前から言っているが、月汐、いつかおまえの絵を描かせてくれよ」
「ぬしさまが師匠の国貞ほどの腕前になりいしたら、その時は考えてやってもよござんすえ」
「最近おれも売れ始めたが、師匠ほどになるには……。まあ、そんなことはいいや。花魁、早く頭の飾りを外せ」
「そんなに焦らんと……。さあ、奥の間へおいでなんし」
襖を開けると三つ重ねの蒲団が鎮座ましましていた。貞元は、慣れた様子で夜着に着替えると蒲団に潜り込む。月汐がその脇でささっと豪奢な帯を解き、絢爛たる衣を脱ぎ、寝間着に着替えた。普通なら、ゆったりとした動作で行うのだが、軽口を叩き合うほどの常客である貞元が相手では、もったいを付けることもなかった。島田髷へ挿した櫛・笄も手早く抜き取り、はなみに手渡したあと、禿の小さな尻を軽く叩いて追いやった。そして、蒲団へするりと滑り込む。
「今宵は、わっちも、なんだか “したい” 気分でありんす」
「なんだ。そんな気分になるとは、やっぱり間夫のことは片が付いたか。……それとも、焼けのやんぱちか?」
貞元が相方の乳房を揉みながら言う。
「だから間夫なんて……」
「ああ。いなかったことにしておくよ」
貞元が月汐の部屋着の前をはだき白い胸に顔を埋める。月汐の魅力は、麗しい容貌もさることながら、豊かな乳房が売りだった。貞元はひとしきり両の乳房の間(あわい)で顔をゴロンゴロンさせていたが、
「せわしないねえ」
月汐に禿頭をはたかれて、今度は大人しく乳首に唇を寄せた。だが、静かなのは最初のうちで、すぐにチュウチュウ音をたてて強く乳首を吸い立てる。
「あれさ、とんだ大きな赤子だよう。いくら吸うても、わっちぁ乳など出やしいせんよ」
「それじゃあ、下の肉豆でも吸うべえか」
貞元は蒲団へ深く潜り、月汐の股を押し広げた。女陰へ顔を近づける。地女(素人の女)や岡場所の安女郎であれば陰毛が鼻をくすぐるところだが、花魁の陰部はほとんど毛抜き処理が施されている。陰阜に毛が少し残されているだけで、童女のあそこのようにすべすべな感じが心地よい。加えて、毎日湯に浸かって身ぎれいにしているせいか、あまり臭いがきつくない。
貞元は乳首でそうしたように陰核をチュウチュウ吸い立てる。
「ぬしさん。強いよ。強く吸いすぎだよ。もそっと優しくしてくりゃれ」
「あいよ。心得狸の腹鼓」
貞元は心得たと言って、今度は舌で陰核をくすぐる。一本調子に延々と舌を転がす。こうされては、普通の女であればジワジワと快味が生じ、秘壺から白い汁が垂れてくるのであるが、月汐は蚊に食われた程にも思わない。だが、花魁の手練で嬌声を上げてみせる。
「ああ〜〜〜。……よくなってまいりいした。……そろそろ挿れてくんなまし」
もう我慢ならぬという目つきで貞元を見つめる。頬もうまい具合に上気させている。