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サイパン
【戦争 その他小説】

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第二話 船団への洗礼-2

 日が西へ傾き始める。時計は四時十五分を指していた。
 杉野は船内の自らと、分隊員十数名が押し込められた船倉でトランプに興じていた
「うへぇ……。また俺の負けかよ」
 ババ抜きに負けた笹川がカードを混ぜる。負けた者がカードを混ぜる決まりだ。笹川は運がないのか、顔でわかるのか、すでに四回もカードを混ぜている。膨れっ面で五回目の混ぜ合わせに入る。
「よし。終わった。次は負けませんぜ」
ちょうど参加者にカードを配り終わったところで、警報と船内放送が響いた。


「第十七号駆潜艇より連絡。船団付近に敵潜水艦と思われる物体あり。我、対潜戦闘に移る。本船は只今より、之字航法を開始します。」
 船倉内はざわついた。あと一日、今日さえ乗り切ればもうサイパンなのに……。
 小隊長はほかの分隊の船倉にいるので、現在、最上位の階級の者は杉野だった。部下に指示を出さなくてはいけない。


「みんな、背嚢背負え、甲板に出るぞッ」
 もし船内で魚雷を受ければ沈没時に船内に閉じ込められ、生存の可能性はないであろう。そう考えていた小隊長からの事前に出ていた指示だ。
 彼は分隊員に声をかけながら、自らも慣れた手つきで私物を素早く背嚢へ押し込み、背負った。少しの私物以外は背嚢から出しておらず、支給品は、渡された日からずっと、中に入れっぱなしにしてあった。実戦を経験している彼にとっては、これぐらいなんてことはない。


笹川もトランプを投げ出し背嚢の荷物をまとめる。
「伍長殿、武器はどうしましょうかッ?」
部下の一等兵が震える手で小銃を持ちながら質問してきた。杉野は質問者以外にも聞こえるように、叫ぶように言った。
「小銃は置いておけ、武器は軍刀、拳銃、ナイフだけだ。ほかは邪魔だ!」
 軍刀を脇に差し終えたところでさらに部下に指示を出す。
「支度を終えた者は随時、甲板へ上がれ、船首に集合だ。急げよ!」
 各員は大きな声で応答する。確認するといち早く船倉をでて甲板へ続く階段へ向かう。それに早くに支度を終えた部下が数名、必死の形相でついてくる。当たり前だ。先日の攻撃は敵を探知すらしていなかった中で突然、攻撃を受けた。だが、今は敵がいることを知っている。近くに敵が存在していることを知っていながら、彼らにはそれに抗う術がないのだ。敵は確実に船団を狙っている。何も見えない海から狙われている……。実戦経験のない兵には、その恐怖感と戦うだけで精一杯だった。
 実戦経験のある者はそこが違った。恐怖感という壁をぶち破る、または飛び越える術を知っていた。杉野は冷静に、素早く階段を駆け上がり、他の兵士を押しのけ押しのけ、一番最初に集合場所にたどり着いて、手を振りながら大声で叫んだ。
「第一一八連隊、杉野分隊はここだ!」
杉野の所属は、正確には第四十三師団、第一一八連隊、第二大隊、第二中隊、第一小隊の第三分隊なのだが、途中省略して連隊名と分隊名だけを言った。
 周りでは護衛の駆潜艇と水雷艇が次々と爆雷を投下している。爆雷が設定深度に達し、爆発するたびに大きな音と水柱が上がる。


 幾何もしないうちに分隊員が続々と集まってきた。一通り集まったとみて点呼を始めた。
「笹川一等!」
「はい!」
「西口一等!」
「はい!」
 一人ひとり顔を確認しながら素早く点呼をとる。皆息切れしハァハァと荒い息をついている。
「よし、全員揃ってるな。小隊長殿と他の隊員を探してくるから、動かず待っていろ」
 そう、部下に告げた時だった。


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