第一話 輸送船団-2
ゴバッと大きな水柱が、すぐ隣を航行していた輸送船「高岡丸」を包み込んだ。高岡丸の船体はほぼ真ん中で真二つに折れている。敵潜水艦の放った魚雷が命中したのだ。ドッと折れた船体から投げ出される人が見える。高岡丸には同じ第一一八連隊が分乗していた。どの船もとっさに回避運動をとる。ジグザグに動く之字航法だ。
「うわぁ!」
短い悲鳴をあげて、杉野は近くの柵に捕まる。近くの二人もそれに倣う。急な回避運動で振り落とされそうになる体を必死でこらえた。もうすっかり高岡丸の姿は見えなくなり周りに投げ出された兵がもがいている。だが、惨劇はまだ終わらない。
またもや衝撃が船団を襲撃する。今度はたまひめ丸が、魚雷の餌食となって水柱に包まれる。こちらにはパラオに向かう第二十九師団の将兵が多数乗り込んでいた。たまひめ丸も轟音と炎、そして多くのの命と共に海の藻屑となっていった。
護衛の駆潜艇は必死に爆雷を投下している。まだ海上に漂流している将兵がいるので爆発による水圧で圧死しないよう。けん制程度にしている。やがて、爆雷に警戒したのか潜水艦は姿を消したようだ。
潜水艦が姿を消しても、各船は足を止めて、漂流者の救助に当たるわけではない。更なる敵潜水艦の攻撃を避けるため、止まるわけにはいかなかった。戦場の無常さである。
「俺らの船も沈んだら見捨てられるんですかね」
河田は怖気づいた様子でしんみりと話した。
実戦経験のない新兵にはこのような光景は厳しいものがある。特に輸送船などの完全に逃げ場のない状況で殺される場面などは、たとえ直接死の瞬間を見なくとも、非常にこたえるであろう。一方の杉野は中国戦線で死というものを嫌というほど見てきたので、どうってことはない。
「そうはならんよ。見ろよ、護衛の魚雷艇が戻っていくだろ」
前を航行していたはずの魚雷艇が一隻、船団とは逆方向に向かっていくのが見えた。漂流者の救出に向かうのだ。輸送船よりも倍近く足の速い魚雷艇ならば、救出に時間を割いても、無事に船団に戻ることができるからだ。
輸送船の食堂は主に、甲板上に小さな木造小屋の厨房を作り、隣に配食場と十数席の簡易の座席が設けられていた。兵員の多さから船内の既設の厨房では賄いきれず、兵員は手着はよく食事を済ませなければならなかった。
「今日はがめ煮≠ェ出るそうで、ワクワクしているのですよ」
甲板のときとは打って変わって嬉しそうに河田が献立を告げてくれる。がめ煮とは筑前煮の九州地方の呼称で、どうやら河田は筑前煮が好物のようだ。
食堂に近づくにつれて通路には、食欲をそそるいい香りが漂ってくる。味に期待できそうだ。