拾われて飼われました 後編-7
領主アレーナがディルバスによって異教の魔女として殺害されたとき、まだ十七歳であった。
シェリー・ボレルが領主の地位は叔父に譲り、見返りに財産だけは譲渡してもらい名を隠して暮らし始めたのは二十歳だった。
シェリー・ボレルの父親ダリウスは宮廷官僚であり、母親は貴族の名家の令嬢であった。
一人娘のシェリー・ボレルは家を継ぎ婿を取り、領主として生きることを拒否した。
叔父ハルドラーンは本当は父親であった
だが、母親の愛人でもあった。
シェリー・ボレルは叔父と母親は身近に接して育ったが、父親とは疎遠だった。
シェリー・ボレルは叔父に領主の地位を譲る代わりに、未亡人である母親を一生、不自由なく暮らさせることを条件とした。
ハルドラーン・ボレルは姪であるシェリーに本当は自分の娘であり不義の子であることを明かした。
元々は縁談話は次男のハルドラーンと令嬢ナターシャとの間で進められていた。二人もそのつもりであったのだが、ボレル家の長男であるダリウスがナターシャを奪うように結婚した。
ダリウスとハルドラーンの腹違いの兄弟、ハルドラーンは十五歳までは自分が貴族であると知らず、画家となるべく修業していたのである。
シェリー・ボレルの祖父が亡くなる前に愛人の子を養子として引き取ったのだった。
ナターシャの家としてはそうした事情は知らず、年齢の近いハルドラーンとの縁談を進めていた。
結婚直前でダリウスはその秘密をナターシャの父親に伝え、ナターシャと結婚させてくれと願い出た。
兄に恋人を奪われたハルドラーンが、庶民として暮らすつもりで出奔した。
ナターシャはハルドラーンを追い、二人は庶民として過去を隠して三年ほど暮らしていた。
やがて、シェリー・ボレルが生まれるとダリウスは三人を館に住まわせた。ダリウスは同性愛者であり、子を作る気はなかった。
貴族にとって後継者がなく家名を断絶することは、どうしても避けたかった。
ダリウスは家にほとんど近づかず、シェリー・ボレルは父親ダリウスとは疎遠であった。
本当の父親はダリウスではなく、ハルドラーンである秘密を知らされても驚きよりも、シェリー・ボレルはそれならわかると納得した。
なぜ父親ダリウスが母や自分を避けるようにしているのかわからなくて悩んだ時期もあった。
ダリウスが恋人の若い男性と心中してしまい亡くなったことで、三人で今後について話し合った。
母親のナターシャはハルドラーンと貴族であることを再び放棄して、庶民となることを希望した。それに対して二十歳のシェリー・ボレルは名義上は叔父にあたるハルドラーンに貴族の地位を継承してもらうことを主張した。
ボレル家と母親の実家である貴族ガレル家の領地を維持しなければ、そこで暮らす民衆に迷惑がかかる。それにダリウスがどんな思惑があったとしても援助しなければ、ハルドラーンと母親ナターシャが庶民として暮らすのは無理だったと、シェリー・ボレルは考えていた。
それにシェリー・ボレルには魔道の研究がしたいという願いがあった。それは貴族の地位や財産を放棄してはそれはかなわぬ夢なのである。
ハルドラーンはシェリー・ボレルの願いを聞き入れてボレル家の地位と領地を兄ダリウスから引き継ぐことになった。
ナターシャと再婚するのはできなくなるが、義姉と暮らし生活を保護することはよくある話で道義上でも不自然ではないことである。
シェリー・ボレルが誰かと結婚するかもしれず、そうでなければいずれ後継者がない貴族の地位と領地は剥奪される。
叔父だが本当は父親のハルドラーンは溺愛している一人娘に「好きに生きればいいさ」と笑った。
シェリー・ボレルはこうして貴族の令嬢として魔道の研究に打ち込んできた。
ガルシーダのアレーナ・エルドは、両親が亡くなると十五歳で領主となった。
アレーナは生まれながらにしていずれは領主となるべき存在として育てられてきた。
だが、わずか十七歳でディルバスの陰謀によって命が絶たれた。
アレーナ・エルドの教師としてシェリー・ボレルはアレーナが十二歳の頃から十七歳まで五年間を共にすごしてきた。
アレーナが公開処刑されたときにシェリー・ボレルはジェフという異形の若者の参謀となっていた。そのためディルバスの手から逃れることができた。
エルド家に仕えていた者たちはディルバスに忠誠を誓うか、放逐されるか選ばされた。
ディルバスに忠誠を誓わなかった使用人たちは、殺害されたのである。
魔女として濡れ衣をきせられたアレーナに、正確には名家エルド家に長年仕えていた使用人たちはディルバスに忠誠を誓うのを拒んだ。
アレーナに仕えていたメイドのナタリーだけはディルバスに服従した。
シェリー・ボレルはアレーナの両親から頼みこまれてガルシーダの街へやってきた。
アレーナに学問をシェリー・ボレルは教育することを引き受けたからだ。
アレーナの公開処刑したのはディルバスの見つけてきた新たな領主と支持者たちである。
ディルバスに従順な信者たちが街に集められた。
シェリー・ボレルは、十七歳のアレーナを辱しめて処刑したディルバスに復讐する機会を待っていた。
ディルバス自身が領主にならなかったのは、王国には王女エルシーヌとハスターの子である従者ジョンや聖騎士団がおり、目立てば攻撃されて勝ち目がないと判断したからだ。
ディルバスは自分の館の地下室に祭壇を作り、街の地下にダンジョンを作り出した。そのダンジョンは過去の世界の宮殿につながっていた。
ディルバスはリザードマンの帝国を簒奪して皇帝として君臨していた。
その過去の世界と現在の世界をアトラク=ナクアの力で渡り、海神クトゥルフの領域である世界と現在の女神エアルの世界を融合しようとしていた。
ディルバスはアトラク=ナクアの力を利用するために蜘蛛の姿をしたいにしえの神を信仰する宗教の教祖として、信者を集めていた。そして拠点として目をつけたのが、ガルシーダの都なのだった。