異空間の旅・精霊の国-1
この世界は五大国から成っており、それぞれの国を繋いでいるのはどこの領土にも属さない異空間だった。まるで星空の中にある回路・・・もしくは空のもっと向こう。人の世界で言われている宇宙のような空間だ。
悠久と異空間を繋ぐ門は開かれていた。しかし、開かれた国だからこそ他国からの遊学や旅人たち、中には精霊らが自由に出入りしていることもある。それはこの国が豊かで、厳しい規則や掟がないのも好まれる理由のひとつだった。
巨大な1つの水晶で出来ている悠久の門はキュリオが命じなければ閉ざされることはない。それは各国も同じで、用事がなければ他国の者が簡単に通れぬ様・・・常に閉ざされているところもある。
使者の経験がないアレスとカイは恐る恐る悠久の門番らに加護の灯を見せると、頷いた彼らは快く道を空けてくれた。
ほっと一息つくのもつかの間、門をくぐり終えると上下が真逆かのような錯覚を覚える。
「うわっ!!」
はじめに声をあげたのはカイだった。
剣で鍛えたバランス感覚、そして運動能力も意味をなさないように体はグラグラと揺れた。
「大丈夫かい?」
振り返り、体を支えてくれたのはテトラだった。彼は微笑むとゆっくり前方を指差した。
「足元を見てはいけないよ、目的地・・・つまり行きたい国の門の明かりを見つめて歩くんだ」
「いきたい国の門・・・明かり・・・」
テトラが指差した方向には金色に輝く門、門が輝いているわけではなく・・・内側の光が外に漏れているような感じだった。
「テトラ先輩、あれはどこの国ですか?」
「あれは精霊の国さ」
「へぇ・・・」
二人の会話を耳にしたアレスはゴクリと喉を鳴らした。
(精霊の国・・・
たしか・・・第一位の王が治める国だ・・・彼はたしか人嫌いなところがあって、長く生きながらもその姿を知らない王たちがいる程だと・・・)
トントン・・・
俯くアレスの肩を叩いたのは、後方にいたもう一人の先輩にあたる物静かな青年だった。
「精霊の国に立ち入るな、惑わされるぞ」
「え・・・」
はっと顔を上げると、さっきまで遠くに見えていた精霊の国の門がすぐ目の前にあることに気が付く。
「あれ・・・ど・・・して・・・」
心臓の音が大きくなり、目に見えない何かが作用していることは明らかだった。
すると・・・中からアレスの様子を見て笑う少女の声が聞こえた。
『ふふっ・・・どうぞ中にお入りくださいな?』
小さな旋風(つむじかぜ)が目の前をゆらりと移動し、アレスを誘っているようだ。
しかしその中に人の姿は見えず・・・一歩近寄ったアレスはガシッと肩を掴まれてしまった。
「アレス、彼女は風の精霊だ。この国に足を踏み入れたら二度と戻れないと思え」
唸るように声を発し、肩を掴んでいたのはブラストだった。
「そ、そんな・・・」
冷や汗がどっと流れ、加護の灯を握る手は小刻みに震えている。
(しっかりしなきゃ・・・っ!私は使者なんだ!!)
キッと顔をあげ、小さな旋風を見つめながらアレスは加護の灯を握りしめた。
「我々は悠久の王・キュリオ様の命を受け参上いたしました使者にございます!証はこの"加護の灯"、貴殿の王へ渡していただきたい書簡をお持ちしました!!」
堂々と言ってのけたアレスに背後から声援を送るカイ。
「いいぞ!アレス頑張れっ!!」
テトラやブラストたちは背後から彼の有志を穏やかな表情でみつめていた。
『ちっ・・・』
それまで笑っているような雰囲気を見せていた旋風からは舌打ちするような音が聞こえ、その雰囲気はどんどん険悪なものに変わっていく。
『・・・悠久の使者か・・・さっさと出しな!』
旋風がアレスの目の前を勢いよくかすめると、背後にいたブラストが精霊の王の名が書かれているらしいキュリオからの手紙を一通差し出す。
「我らの王からの大事な書簡です。必ず精霊王へお渡しください」
『・・・御意』
旋風が手紙を巻き上げようとしたその時、また別の声が響き・・・現れたのは小さな光の塊で、落ち着いた大人の女性のような声を持っていた。
「教官・・・あれは?」
アレスが小声でブラストに問うと彼はニッと笑った。
「光の精霊だ!彼女は礼儀正しく精霊の王の使者として悠久に来たこともあるくらいだ!っといっても数十年に一度だがな!!」
カイは目を丸くして小さな旋風と光の塊を見つめている。
「へぇ・・・こいつら体はどうなってんだ?」
『・・・』
光の精霊はカイの不躾な眼差しに無言を貫いた。
「カイ、彼女らは精霊だ。体を持たずに意志をもつ大自然の中にあるエネルギーの塊さ。霊体ともいう。光の精霊殿、頼みますぞ」
『・・・御意』
光の精霊の二言目も同じだったが、その雰囲気から真面目な印象がよく伝わってくる。